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青い海、青い空、白い雲…… 赤い砂浜  作者: 風風風虱
第二章 我らその川を越えて行かん
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昭和17年8月19日 コリ岬 午後8時

昭和17年8月19日 コリ岬 午後8時

ルンカ飛行場の東 約12キロ


 樋口中隊長はふと足を止め、クンクンと鼻を鳴らした。隣にいた佐野伍長が、どうされましたか、と聞いた。

 樋口中隊長は、いや、と言葉を濁したが彼の鼻は漂ってくる不快な臭いに敏感に反応していた。

 熱帯では死体は数時間で腐り始める。

 死臭だ。

 その死臭が前方から微かだが漂ってくる。それはすなわち斥候隊が近いことを意味していた。


「散開!

敵の奇襲に気をつけて、前進」


 日はとうに沈んでいて、頼りは月明かりだけだったが、樋口中隊は腰を落とし、銃を構え静かに進んでいく。

 やがて、村らしき影が海岸沿いに姿を現した。ここが目的地であることを樋口中隊長は確信した。と、かつんと足に堅いものが当たった。何かと下を見て、危うく声を上げそうになった。

 人だ。

 しゃがんで息を確認する。そして、それが人だったものだと理解した。

 力なく首を振る。

 悲しみと怒りのない交ぜになった感覚に襲われた。樋口中隊長は歯を食い縛り、今やらなくてはならないことに集中しようと決意した。


「工藤小隊長!

第二小隊100メートル先行。敵の所在確認せよ。

第三小隊は第二小隊を支援。

第四小隊は後方警戒」


 

□□□


 敵の姿がないと分かってから本格的な救援活動が始まった。しかし、それは惨憺たるものだった。ジャングルから生存者が一人見つかっただけだった。後は皆死亡していた。


「酷いな、あいつら頭に止めの一発を撃ち込みやがって!

雑嚢の中身も洗いざらい持っていちまってる。性悪の泥棒猫か、畜生め!」


 誰かの怒鳴り声を耳にしながら樋口中隊長は渋谷大尉の遺体の横に佇んでいた。合掌して、雑嚢を探る。


 やはり無いか


 地図も航空写真もなかった。

 恐らくは敵が持ち去ったのだろうと嘆息する。


「小隊長、小隊長、小隊長ーー!」


 突然、絶叫が沸き起こった。声の方を見ると佐野伍長が遺体に抱きつき号泣している。

 樋口中隊長はゆっくりと佐野伍長の元へ歩いていく。佐野伍長が抱きついている遺体はヤシの木にもたれ掛かった状態で事切れているようだった。懐中電灯の光を浮かび上がったその顔は、果たして館小隊長であった。

 号泣する佐野伍長にとっては直上の上官であり、樋口中隊長にとっては直下の部下だった。

 樋口中隊長の目にも熱いものこみ上げてきたが、中隊長は奥歯をぐっと噛み締めてこらえた。そして、ただ一言を吐き捨てた。


「馬鹿者。こんなところで死によって、まだ早いだろう」 


 


2019/08/19 初稿

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