昭和17年8月12日 トラック島 夕暮れ
昭和17年8月12日 トラック島 夕暮れ
一木支隊を乗せた二隻の輸送船がトラック島についたのは午後6時を大分回っていた。そこから係留やらなにやらで一木大佐がトラック島の大地を踏みしめたのは7時を過ぎていた。
「お疲れ様です」
一人の下士官らしき兵隊が一木大佐に向かって敬礼をした。
「一木大佐であられますか?」
「うむ。一木支隊、支隊長 一木清直だ」
「自分はトラック島での皆様のお世話をさせていただくことになっております。
よろしくお願いいたします」
「おお、そうか。よろしく頼むよ」
「はいっ、誠心誠意勤めさせていただきます。
まずは、これをお受け取りください」
下士官が差し出す紙を受けとる。紙には《八月十日付けにて一木支隊を第十七軍に配属する》とかかれていた。
第十七軍というと二見のいるところか
一木大佐は士官学校の同期の顔を懐かしく思い出した。会う機会もあるだろうか、と考えていると下士官が再び口を開いた。
「作戦の概要は明日、第十七軍から来る担当者からご説明の予定です。
本日のところはゆっくり休まれて英気を養ってください」
「そうか、助かる。
それでは少し頼みがあるのだが……」
「なんでしょうか?」
「風呂を準備してもらえまいか?」
「風呂ですか?それならば宿舎の方にご用意してあります」
「いや、私ではなく、彼らを入れてやりたいのだ」
一木大佐は下船してくる兵士たちへと目を向けた。
「支隊全員ですか?」
当番兵は面食らった表情になる。
無理もない三千人程いるのだ。一木大佐もそれがどんな無茶な依頼かは理解していた。
「無理は承知でお願いしている。
四日も輸送船に揺られて、この先、また戦場に駆り出される。そうなれば今度はいつ風呂に入れるか分かったものではない。だから、出陣する前に連中を風呂に入れてやりたいのだ」
当番兵は、この日初めてあった大佐の実直に感じ入った。このまま首を縦に振らなければ頭を下げてきそうな勢いがあった。
その人に頭を下げさせてはいけない
当番兵は、瞬間的にそう思った。
「なるほど、分かりました。今日は無理にしても近々に入れるように手配いたします」
「そうか。頼まれてくれるか。いや、ありがとう」
一木大佐は満面の笑顔で当番兵に礼を言った。
2019/08/12 初稿




