昭和17年8月11日 ラバウル 昼前
昭和17年8月11日 ラバウル 昼前
第十一航空艦隊の飛行場へ零戦たちが帰投してくる。機体のあちこちが凹み、穴が空いている。どの機も満身創痍の有り様だった。
その隊長機からパイロットが降りてきた。手渡されたヤカンの注ぎ口からぐいぐいと白湯をラッパ飲みする。やがて、大きく息をついて、口を腕で拭った。
「全く!お前のせいで危うく死にかけたぞ」
隊長はヤカンを放り投げるように渡しながら文句を言った。ヤカンを受け取ったのは昨夜遅くまで資料をまとめていた若い方の将校である。
「で、どうだった?」
「どうだったって、見れば分かるだろう。
飛行場に近づいた途端、猛烈な対空砲火のお迎えがあった」
「対空砲火を受けたのか?!
で、どのくらいだ」
「わからん。とにかく沢山だよ。飛行場のあちこちから攻撃を受けて、慌てて上昇したんだ。あんなことなら最初から言っておいてくれよ」
「……と言うことです。
ガダルカナルの飛行場の防備は強化されている模様ですよ」
若い将校は部屋に戻ると年配の方へそう報告した。年配の将校は黙って腕組みをしているだけだった。ずっと黙っているので若い将校はとうとうしびれを切らした。
「聞いてますか?
飛行場の防備が強化されているってことはアメリカさん、逃げる気なんてなくて、居すわる気満々ってことですよ。」
そんなことはわかってるよ、と年配の将校は煩そうに答えた。
「だったら、これを上にあげないと駄目なんじゃないですか?」
「それも分かってるよ。だがな、今朝、うちのお偉いさんところに陸軍の偉いさんが来てな、ガダルカナル飛行場利用の兆候を無いって言ってるんだよ。今さら、整備されて利用される可能性あるなんて言えないだろう」
「じゃあ、あげないんですか?」
「今はな。一週間位開けてからなら、状況が変わってきましたってことであげればいいだろう。今はとにかく駄目だ」
「でも、近々に陸軍が部隊を投入すると言う噂もありますよ。今日、陸軍の偉いさんが来たのもその為じゃないんですか?」
「そんなことは知らんよ。
陸軍が戦うのだから必要なら陸軍で調べるだろ」
年配の将校は、あっちへ行けと言わんばかりに手をヒラヒラとふった。若い方は開きかけた口を閉じると渋々と自席へと戻る。手に持ったメモをくしゃりと握り潰すとゴミ箱へ放り込んだ。
2019/08/11 初稿




