昭和17年8月9日 大本営 午前
昭和17年8月9日 大本営 午前
「昨日の対策研究会で一木支隊を送ることで海軍と合意した。そこで一木支隊を大本営直轄から第十七軍に編入する」
作戦部課長の言葉に陸軍軍事課の若い将校は困惑の表情を見せた。
「ちょっと待ってください。ガダルカナル奪還に一木支隊を投入するのは決定事項なのですか?」
「うん?何が言いたいんだ」
作戦課長の顔が少し強張る。
「敵情が分からないこの段階で、今運用できるという理由だけで一木支隊の投入を決めるのは早急過ぎないかと言うことです。つまり、一木支隊だけで兵力が足りているのか?です」
「海軍の敵上陸部隊の見積もりは二、三千ぐらいだと言う話だ。それに一時的な攻勢だ。既に撤収を始めているかもかもしれん」
「それも、これも海軍の推測ですよね」
食い下がるその若い将校に、作戦課長はふんと鼻を鳴らす。
「別のルートから類似の情報がある」
「別ルート?それは一体どこからの情報ですか」
「ソ連大使館付きの武官から、アメリカの南方作戦は一時的なものである、と言ってきている」
遥か北の大陸から赤道直下の島の敵情がもたらされたとは、その荒唐無稽さに、その将校は一瞬呆気にとられる。だが、すぐに気を取り直した。
「いや、仮にそのような情報があったとしてもです。一木支隊が奪還に失敗したらどうするおつもりですか?」
「どうするとは、どういう意味だ。はっきり言え!」
「もしも失敗したとして、一度作戦を始めてしまうと我が軍の性格上、逐次に戦力を投入することになりませんか?
そうなればノモンハンの轍を踏むことになります。
いや、もっと悪い。
補給ができますか?
ラバウルですら国力の限界を超えているのに、ガダルカナルはラバウルから更に1000キロも離れているのですよ。そんな距離で軍を維持することができますか?」
「そんなことは、現場の第十七軍と海軍が考えることだ。
やりもしないで出来なかった時のことを考えてどうする。臆病風に吹かれて、勝機を逃がすことこそ我々が最も戒めねばならんことだ。
一木隊を送り、ガダルカナルを奪還する。
これは決定事項だ。
不退転の決意をもって、如何なる難敵にも勇猛、苛烈に挑むのが我が帝国陸軍の信条である。
今さら海軍に無かったことにしてくれなど言えるか!
作戦立案は我々の仕事だ。軍事部がつべこべ言うな」
作戦課長は顔を真っ赤にして怒鳴り付けた。
色々と勇ましいことを並び立てているが要は海軍に今さら頭を下げることなどできん、と言うことだ。
返す言葉もない。
その若い将校は顔を蒼白にしながらも、もうなにも言うことはなかった。
議論はそこで打ち切られ、一木支隊は第十七軍へと編入されることになった。
2019/08/09 初稿




