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ガダルカナル緒戦~一木支隊壊滅

 ミッドウェイ島攻略戦で正規空母4隻を失うという未曾有の大敗を喫した日本連合艦隊。

 その傷も癒えぬ昭和17年8月7日早朝。

 ニューギニアの東、ソロモン諸島のガタルカナル島に米軍が大挙して上陸してきた。完成したばかりの飛行場を狙っての攻撃だった。

 島には帝国海軍将兵が3000人ほどいたが、そのほとんどは飛行場建設のための設営隊で、守備隊と呼べる者は400人にも満たなかった。

 これでは航空機及び巡洋艦から支援を受けた米国海兵隊に抗すべくもなくガダルカナル飛行場はあっさりと落ちた。

 その報を受けた連合艦隊第八艦隊司令三川(みかわ)中将は重巡洋艦鳥海(ちょうかい)に乗船、これを旗艦として重巡4、軽巡2、駆逐艦1でガタルカナル島に急行。8月9日未明、ガダルカナル沿岸沿いに停泊中の米豪混成艦隊を強襲、結果、重巡4隻他沈没の戦果をあげた。後に云う第一次ソロモン海戦である。

 陸海軍は協議の結果、早期にガダルカナルを奪還することで合意。陸軍は内地帰還予定であった一木(いっき)大佐率いる一木支隊を投入することに決めた。

 グァム島からトラック島に移送された一木支隊3000人の内、一木大佐以下凡そ900名が第一梯団として駆逐艦6隻に分乗しガダルカナルへ急行する。

 8月18日夜、一木支隊第一梯団は攻略目標の飛行場の東方35キロに位置するタイボ岬、別名タシンポコへの上陸に成功する。

 無血上陸に成功した一木支隊は直ちに飛行場に向け行軍を開始。西進を続ける一木支隊は20日夜、イル川にて米守備隊と会敵し、そのまま戦闘に突入する。

 敵情が分からない状態の上、行軍即捜索即戦闘行動中でのなし崩し的な戦闘開始だった。

 20日深夜から21日未明にかけて一木隊は幾度も突撃を繰り返したが、鉄条網と機関銃の猛射に米軍の防衛線を突破できずに損害を重ねる。

 21日昼。米軍は戦車を投入する。イル川上流から迂回してきた戦車に側面及び背面をつかれた一木支隊本隊は完全に包囲される。

 21日午後2時。戦車が一木支隊本部に突入。度重なる突撃で損害著しい一木支隊はただ蹂躙される。

 一木大佐はこの戦闘で戦死。そして、総勢800人近くの死者を出し一木支隊第一梯団は壊滅する。

 だがこれは、これよりおよそ半年におよぶ攻防戦で日本将兵2万余名の命を飲み込み、餓島(がとう)と称されるガダルカナル争奪戦の始まりに過ぎなかった。

 

2019/08/07 初稿

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