05 「化け物ルーキー誕生!」
「──君は正気か?」
「はい! 私、冒険者になりたいです!」
ここはギルドのマスター室。
書類の山がずさんに置かれた机。
様々な本が並んでいる本棚。
座り心地が良いソファーに座り、高そうなお茶をすすって、目の前の女性二人のやり取りを観察している。
一人はダブルSランスキラーの不思議な女の子キョウカ。
もう一人はこのギルドのマスターで、元Aランク冒険者の"エマ"さんだ。
なんでマスター室に居るのかというと──
「私も冒険者になりたいです!」
キラキラした瞳のキョウカが発言したその言葉で、こんな事になっている。
止めといた方が良いと言ったんだがな。押しに押されて根負けした俺は、キョウカが冒険者になる為の手続きを始めたんだ。
キョウカが鑑定眼の持ち主だと言う事は、手続きの初めにするスキルチェックで直ぐに分かった。
手を当てるとその人物のスキルが分かる不思議な水晶。
そのスキルチェックで、手続きを担当してくれたおっさんが石の様に固まった。
水晶とキョウカを交互に見るおっさん。
その瞳は得体の知れない者を見る目だった。
「キョウカさん。ちょっと来てくれ。フォグ、お前も保護者として来い」
おっさんは真剣な顔をして、俺達をギルドの二階に案内した。
「マスター。入りますよ」
通された部屋はマスター室。そこには、書類の山に囲まれ、涎を垂らして居眠りするギルドマスターのエマさんの姿があった。
油断して机に突っ伏して寝ているエマさん。机に胸が押し付けられていて、隙間から見える谷間が官能的だった。
──で、今に至るという訳だ。
「正気とは思えない……鑑定スキルに火、水、風、地、光の5属性の至宝の使い手スキル。あまつさえ射撃の達人スキルまで保有している。鑑定眼と至宝の使い手はどちらもダブルSランク。射撃の名手でさえ、ダブルAランク……君は化け物か!? そんな君が何故、冒険者などになろうと言うのか! 君のスキルなら危険な冒険者家業より、もっと安全に稼げる仕事がいくらでも有るだろ!!」
「フォグさんを見てて思ったんです……フォグさんは10年もの間ルーキーの冒険者として辛い思いをしていた。でも、今日それが報われたんです! フォグさんの喜んでる顔みたら、私も冒険者になってみたい。そう思ったんです!」
うげっ! 俺の影響かよ……参ったな……。
キョウカのスキルチェックの結果は、鑑定スキル、最上位の属性使いスキル、射撃の達人スキル。属性使いのスキルは全部で5つだから、合わせて7つのスキルを持っている事になる。
しかも鑑定スキルと属性使いのスキルはどちらもダブルSランクのスキルだ。射撃の達人でさえダブルAランクという化け物スキラー。
そんな子が、俺みたいなしがない冒険者の影響で冒険者になりたいだなんて……ちょっと嬉しいじゃねえか。
「コイツは例外だ! 普通だったらとっくにルーキーを卒業出来るもんなんだ! コイツに影響されるなんてやっぱり正気とは思えない!! 考え直した方が良いぞ?」
折角感動してたのにひでぇ言われ様だな、俺……。
「私、もう決めたんです! 絶対冒険者になります!!」
「ハァ~、しょうがない……そこまで言うなら、止める権利は我々には無い」
まあ、キョウカが冒険者になりたいって言うなら、止める権利はギルドに無いしな。さて、後は教育係を決めるだけか?
「では、君の教育係を決める。教育係になった者のパーティーに入るのが通例の為君のスキルを公表し、教育係を募る。君のスキルだったら冒険者達は血眼で手を上げるだろうが、選ぶ権利は君に有る。今後の事を考えてしっかり選びなさい」
「はい! 慎重に選ばせて頂きます!」
その後──
ギルドマスターに許可得たキョウカは、順調に冒険者としての登録を済ませ、晴れてルーキーとなった。
キョウカにとってはここからが本番。
実質のパーティーとなる教育係を決める。
俺は教育係だった人のパーティーには入れなかったがな……。
俺も最初はスキル持ちだ! って、人気だったんだぜ?
それがどうよ……いざ教育が始まったと思ったら、スキルは発動出来ねえ、力も弱い、どんくさいわで散々迷惑かけちまった。
そりゃパーティーに入れてくれねえわな……。
教育が終わって簡易的に入れて貰ったパーティーでもミス連発で徐々に俺を入れてくれる冒険者は居なくなっていった。
今では俺の周りに人なんか寄ってこねえ。
寂しいもんだぜ。まあ、俺が悪いんだけどな……。
「──では、新人冒険者キョウカの教育係を決めたいと思う! 冒険者諸君は集まってくれ!」
キョウカの登録を担当してくれたおっさんが、ギルド中に聞こえる様な声で冒険者達を集め出した。
パーティーが足りてる冒険者達は集まって来ないが、人が足りないパーティーはキョウカの周りに集まってくる。
「よーし。我こそ教育係に! と、思う奴は挙手してくれ! 因みにだが……キョウカは7つのスキルを持つスキラーだ。その内の6つはダブルSランクスキル。残った一つもダブルAランクというとんでもねえ新人だ。必死にアピールした方が良いぞ」
おっさんの言葉を聞いた冒険者達は皆一様に目を見開いている。それもそうだ。こんな化け物スキラー誰も見た事無いだろうし、そんな奴が仲間に入ったら、そのパーティーは瞬く間に成り上がっていけるだろう。
ビッグチャンスを前に、皆どうやったらキョウカに教育係として任命して貰えるか必死に考えているだろうよ。
「俺を任命してくれ!! 俺のパーティーだったら、絶対に苦労はさせねえ!」
おっ、早速声が上がったな。
だが、それじゃパーティーに入るには魅力が薄い。
ちょっとフライング気味に上がった声を皮切りに、次々と冒険者達の誘い文句が飛び交う。
「私を任命して! 私のパーティーは女だけだから安心だよ!」
「頼む! 俺を任命してくれ!! 俺のパーティーに入ってくれたら報酬の取り分を多めに渡す!」
「君達見苦しいぞ? お嬢さん──是非とも俺を選んでくれ。後悔はさせない」
おお……すげえな。流石、化け物スキラーだ。
俺の時なんかと比べものにならない位の人気だ。
声を上げている冒険者の中には、俺の事をいつも馬鹿にする三人パーティーの冒険者もいる。アイツら顔だけは良いから、女受けは良いかもな。
キョウカは誰を選ぶんだろうか? まあ、誰が教育係になってもキョウカは丁重に扱われるだろう。
さて、俺はそろそろ消えるとするか……俺が近くに居たんじゃ、キョウカまで変に思われるかもしれないしな。
キョウカ──頑張れよ。
キョウカを囲む人だかりの中──俺はいそいそとその場を離れ、ギルドを一人寂しく出ようとしていた。
良いんだ。
俺はルーキーを卒業出来た喜びを味わいながらちょっと高い飯を食って、酒でも飲むさ。
そう思いながら、俺は扉に手をかけた。
その時──
俺の肩に、小さいながらも暖かみを感じる手が、そっと置かれた。
「何処行くんですかフォグさん?」
その声に振り返えると、おかしな服装の可愛らしい女の子──
キョウカの、悲しそうな顔が見えた。
「いや、飯でも食いに行こうかと……俺に構わず早く教育係を選んでやれよ。皆待ってるぞ?」
「酷いですよフォグさん……ご飯奢ってくれるって言ったのはフォグさんじゃないですか!!」
むくれた顔で俺を怒るキョウカ。
怒っている表情も、怖いどころか愛嬌があって可愛らしい。
「怒るなよ……飯なら教育係になったパーティーと食えば良いだろ? きっと俺より良いもん食わしてくれるぜ」
「何言ってるんですかフォグさん? 教育係はフォグさんですよ!!」
「は? ……嘘だろ!? なんで俺なんだよ!?」
「良いから良いから。さあ、約束通りご飯奢って下さいね!」
「ちょ、ちょっと待てキョウカ! アイツらめっちゃ睨んでるから!」
「そんな事言ったって誤魔化せまんよ! ほらっ! 早く行きますよ──」
強引に背中を押され、強面の連中の恨めしそうな顔を背にギルドを出た俺達。
なんで俺なんだ? 他に凄腕の冒険者が居るし。なにより、化け物のスキラーに教育出来る腕なんか俺には無いぜ?
「ご飯ご飯♪」
ルンルンなキョウカを横目に、俺の胸中は色んな思いが渦巻いていた。
だけど、キョウカが自分を選んでくれた事に少し嬉しくて──
この時の俺の顔は、綻んでいたと思う。
「──なんでアイツなんかに! 覚えていろ……フォグ」
イケメン三人組に、恨みをかわれていたとも知らずに……。
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