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00 「みすぼらしい冒険者」

「──フォグさん! いい加減出て行ってくれませんか? もう良い歳なんですから、冒険者なんて危ない仕事諦めてさっさと定職に就いた方が貴方の為ですよ」


 ここ五年、何回聞いたか分からない台詞。下宿所のボロボロになったベッドで昼間から浴びせられる罵倒の数々。

 

 ああ、自分が悪いのは分かってる。万年Fランクから抜け出せず、『永遠のルーキー』という不名誉な二つ名まで付けられ、スライムとウサギを倒すのがやっとな俺……。


 ルーキー専用の雑用依頼と、ブヨブヨとピョンピョンを倒した小銭で飢えを紛らわす日々。冒険者ギルドにルーキー専用の下宿所があったお陰で、雨風は何とか凌げてる。


 窓も無い四畳半の部屋には、汚いボロボロのベッドだけが置いてある。それが、今の俺のパラダイスだ。


 最早、こんな俺を仲間に入れてくれる奇特なパーティーなんか存在しねえ。まあ、弱くてのろまな俺を受け入れてくれる奴等なんて、元から居なかったがな……。


「悪い。お前の実力じゃルーキーさえ卒業出来ねえ。そんな奴をパーティーに入れる訳にはいかないんだ」


 これは冒険者になりたての時に、ルーキー教育を終えた俺に宣告した教育係だった人の言葉だ。


 今でも、時々思い出しては死にたくなる……。 

 本当に自分が情けない……何してんのかな俺。


 ヨレヨレのシャツに汚ねえズボンとベスト。長く伸びきった黒髪と無精髭。みすぼらしい体格。

 

 そんな俺だが、こう見えてもスキル持ちだ。


 この世界でスキル持ちってのはかなり有利に生きられる。戦闘スキル持ちなら高ランク冒険者も夢じゃないし、国の騎士になって領地を貰える事だって可能だ。


 生産系のスキル持ちは様々な所で重宝されるから、食いっぱぐれる心配も無い。


 本当に羨ましい限りだ。俺のスキルももっと使えるものだったら、こんな生活してなかったのに……なんたって、俺のスキルは何の役にも立たないスキルだ。


『ランダムスキラー』


 それが俺のスキル。ランダムスキラーが何の意味かも分からないし、同じスキルを持った奴と会った事もない。だから、このスキルの恩恵を預かった事が未だかつて無いわけだ。


 スキルは特殊性と有効性で評価されるが、俺のランダムスキラーは特殊性SSランクのかなりレアな評価をされた。だが、有効性は最低ランクのF……。


 そりゃそうだ。珍しいだけで使えないんだから。普通だったら、自分のスキルはどうやって発動させるか感覚で分かるらしいんだ。だが俺は、そんな感覚感じた事なんて一度もない。


 だから、スキルを研究している研究者に、どうやったら俺のスキルが使えるのか聞きに行った事もある。


「さっぱり分からん」


 それが研究者の答えだった。


 誰も持っていないが使い方が分からないスキル。

 まさに宝の持ち腐れだ。


 それはそうと、下宿所の煩い管理のおばちゃんを追い出さねえとな。そしたら……もう一回昼寝でもするか。

 

 どうせやる事無いし、動けば腹が減るだけだからな。


「分かってますよ。今年ルーキーを卒業出来なかったら大人しく田舎に帰って畑仕事でもしますから」


 この台詞も何回言ったか分からない。大体この台詞を吐けば、おばちゃんも文句を言いながら出て行ってくれる。


「ごめんなさいフォグさん。もう貴方を此処に置いておく訳にはいかないの……。今年ルーキーになった人達が例年より多くてね。この部屋を開けて貰わないとルーキーの人が困るのよ……」


 あれ? ……これは何時ものパターンと違うな?


──冬の乾いた風が、寂しい懐をより一層寂しくさせる。寒空の中、立ち竦む俺。ああ、とうとう追い出されちまった……。

 

 宿屋に泊まる金なんて持っている訳もなく。下宿所に入って行く希望に満ち溢れたルーキー達を、羨ましげに見つめる位しか出来ない。


「うわっ、なんだアイツ? こっち見てるぜ……」

「なんだか気味悪いな……早く入ろうぜ」


 浮浪者を見るような目で見なくたって良いじゃねえか。

 あっ……俺、まさに浮浪者か。


 さて、どうすっかな……。

 宛もなく閑散とした街を歩いていると、腹の虫が鳴り出した。


 そう言えば3日は飯を食ってなかった。とりあえず、ギルドに行って小銭でも稼ぐか。雑用依頼はわりに合わんが、贅沢は言ってられんしな。


「──おお、フォグか。久しぶりじゃねえか」

「久しぶり、おっさん。何時もの雑用出来る?」


 みすぼらしい俺を迎えたギルドの男は、顔馴染みの受付のおっさんだ。この人とも、もう10年の付き合いになる。


「悪いなフォグ。今年は例年よりルーキーが多くてな……もうフォグに紹介出来る依頼は残ってないんだ」


 受付のおっさんは申し訳無さそうに寂しい頭を掻いた。

 おっさんが悪い訳じゃない。そんなに毛根を苛めて、少ない毛を死滅させないでくれ。


「良いんだ。明日また来るよ」


 そうは言っても、腹の虫は大人しくしてくれないがな。

 さて、雑草でも摘んで腹の足しにするか。

 

「そうだっ! 腹が減ってるならこれを食えフォグ。今日のランチに持ってきたんだが、忙しくて食いそびれちまってな」


 鳴り止まない腹を抑え、立ち去ろうする俺を見かねた受付のおっさんは、天使のような言葉で俺を呼び止めた。思い出したように言ってはいるが、遠慮しないようにするための優しさだ。


「良いのか? 奥さんの手作りだろ……」

「良いんだ良いんだ。残して持って帰ったら怒られちまうしな。遠慮しないで食ってくれ」


「おっさん……ありがとう。有り難く頂戴するぜ」

「ああ。それ食って元気出たら、スライムとホーンラビットでも狩って、稼いで来いよ」


「ああ、そうするよ」

「アイツも今年で終わりか……」


 立ち去る俺の背中へ、残念そうに呟くおっさん。俺は自分が情けなくなり、足早にその場を離れた。


 そんな俺は、ギルドの待機場所に座り、おっさんから貰ったサンドイッチを有り難く食べ始めた。


 野菜と燻製肉が入ったサンドイッチ。

 おっさんの優しさが身に染みる。


 噛み締めるように、サンドイッチとプライスレスな優しさをゆっくり味わっていると、嫌な奴等が近付いてくる気配がした。


 俺と同期で冒険者になった三人組で、全員Cランクの立派な中堅冒険者。片や俺は……万年Fランクの底辺。


 奴等はその事をこれでもかと言う位弄り倒す。

 ほらまた……俺の前で立ち止まった。


「おう。万年ルーキー様じゃねえか! どうしたんだこんな所で? 今日はベンチを暖める雑用か?」

「ガッハハハッ! 言い過ぎだぜお前。腹が痛くなるから止めろや!」 

「あーあ、本当に見苦しいよな。この歳でまだルーキーとは。お袋さんが今の姿を見たらショックで倒れちまうぜ」


 この三人組は、本当に周りが引く位弄り倒す……。

 だが、反撃出来る訳も無い。全て本当の事だしな。


「何も言えないかフォグ?」

「もう行こうぜ。弱い者苛めだと思われちまう」

「そうだな。こいつを苛めても時間の無駄だしな」


「あ、そうだフォグ。お前、今年でFランク10年目だよな? 知ってるか……10年目でFランクから卒業出来ないとクビらしいぜ! クビとか死ぬより惨めだな? ヒ、ヒヒヒヒッ! 腹痛てえっ!」


 スッキリした顔で去って行く三人組。

 奴等は実力も有るし、何より顔が良い。

 俺が太刀打ち出来る要素何か、一ミリたりともありやしねえ。


 惨めだな俺……。このまま死んで行くのかな。どうせ田舎に帰っても、今さら居場所なんて残ってないだろうし。だったら、最後に足掻いてみるか?


 どうせこのままだったらくたばるのは目に見えてるし、もうすぐ冒険者の道も諦めなきゃいけねえ。

 なら……ルーキーを卒業出来る条件である、ポイズンウルフ討伐を死ぬ気で遂行しに行くのも悪くないかもしれん。


 よし……決めたぞ! 俺は死にに行く。

 最後に、足掻いてやるんだ!!

お読み頂きありがとうございます。

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