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9 ずっと幸せでいられるように


 翌朝、帰る間際になって、遼平りょうへいさんが光樹みつきと何か話をしている間に私ひとり両親の部屋に呼ばれた。


 何を言われるのかな。

 お父さんもお母さんも穏やかな表情だから、悪い話じゃないよね。

 


「最初は疑心暗鬼で、奈由なゆに手を出した上司なんて、結婚に反対しようかと思った」

「……お母さん」

「でも、あなたちが家に来て、リビングに入って座るまでの間に、その気は失せたわ。奈由が遼平さんにとても信頼を寄せている目をしていたから。彼もきちんとした態度で、あなたをそれはそれは大切にしているように見えたし。ねえ、パパ」

「そうだな。まあ、少し話しただけだが、悪い印象は無い。結婚の申し込みもしっかりとしてくれたしな」

「……お父さん」


「あなたたちの幸せなムードに、あてられっぱなしだったわ。今度あなたがひとりで帰省した時にでもゆっくり色々聞かせてもらうことにする。まあ、結婚をやめたくなったら、まだ時間はあるからいつでもやめていいのよ」

「やめないから!」

「はいはい」


「おめでとう、奈由」

「お父さん、お母さん、ありがとう」


 お父さんに、しみじみと言われると胸につんと来ちゃうよ。



「薬指の指輪、もしかして婚約指輪?」

「うん。綺麗でしょ? 私の誕生石」

「今月末には24歳ね。時が経つのは、早いわね、パパ」

「そうだな」

「パパ、おめでたいことなんだから、そんなにがっくりしないの」

「そうだな」


 お父さん、【そうだな】ばっかり。




 私たちは、お父さんお母さん、ミーくんに見送られ、実家を後にした。

 無事に顔合わせが済んでよかった。

 結婚を反対されなくて、祝福してもらえてよかった。

 

 運転席の遼平さん、横顔がだいぶ柔らかくなっている。

 やっぱり、安心したのかな。


「奈由。ご両親から何か言われたか? 上司なのに手を出してとか、強面こわもてで平気なのかとか、いつでも結婚やめていいとか」

「……遼平さん、よくわかりましたね」

「えっ!? マジでそう言われたのかよ?」


 ふふっ、自分で言っておいて、遼平さん焦ってる! 

 ほぼ当たってたし。


「何ニタニタしてんだよ。俺は肩の荷が下りてホッとしてたんだぞ」

「大丈夫です。新規契約が無事に取れて良かったですね。お疲れさまでした、遼平さん」

「奈由~、他人事ひとごとみたいに言うなよ。あとでたっぷり可愛がってやるからな!」

「えっっっ!?」


 私が身体を縮こませると、遼平さんが高らかに笑った。


「遼平さんは、ミーくんと何の話をしたんですか?」

「おまえを泣かすような真似をしたら、絶対許さないとすごまれた」

「ミーくんが?」

「かなりのシスコンだな」

「……そうかもしれません」



♢♢♢♢♢♢



 そして、遼平さんのご実家が近づくにつれて、私は緊張のため、石のように身体が硬くなってくるのがわかった。



 その先は、どこをどう通って、遼平さんの家の中までたどり着いたか覚えていない。

 午後1時8分、私は逢坂家の広いリビングの大きな座卓の前に正座していた。


「大丈夫か、奈由」


 私は、カチコチに固まって、遼平さんのご家族と対面していた。

 笑みを浮かべようと思っても、うまく唇が動かない。


「はじめてお目にかかります。津嶋奈由つしまなゆです。遼平さんと同じ会社に勤めています。遼平さんの部下でしたが、お盆明けから、総務に異動になります。遼平さんとお付き合いをさせていただいていました。……それから、えっと、遼平さんがプロポーズしてくださって、……お受けしました。どうぞよろしくお願いします」


 たったこれだけ言っただけで、息も絶え絶えだった。


「そんなに緊張しないで良いのよ、奈由ちゃん! 足も崩して」

「は、はい」


 遼平さんのお母さんから、優しく声をかけていただいて、少し呼吸が楽になる。

 私の素朴な母とは違って、目鼻立ちのはっきりした年齢を感じさせない美しい方だった。


 そして、座椅子に座っていらっしゃるお父さんはガッチリしていて、切れ長の目からの眼光が鋭い。


 遼平さんは、お父さん似なんですね。


 そして、遼平さんのご兄弟さんは、お母さんに似てとても整った顔立ちをしていた。


「おまえたちまで来なくても良かったのに」


 遼平さんの不満げな声で、我に返る。


「だって、遼がお嫁さん連れてくるなら、どんなか見たいじゃん。奈由ちゃん、僕は長男の祥平しょうへいです。よろしくね。可愛いのに、よく遼と結婚する気になったね」

「よ、よろしくお願いします」

「祥兄、あんまり奈由に馴れ馴れしくするな」


「弟の航平こうへいです。弟でも奈由ちゃんよりオレのほうが年上だから、奈由ちゃんて呼ばせてもらっていいよね。可愛いし」

「ど、どうぞ。お好きに呼んでください」

「航平、だめだ。姉さんて呼べ」


 イケメンのご兄弟から可愛いって言われると、それだけで舞い上がってしまう。

 遼平さんは、なんだかピリピリしてる。


「なにをいちいち妬いてんだか? 小さい男だね、遼兄は。お~、この指輪。遼兄から? 見せて。綺麗だね。奈由ちゃんの手は小さくて柔らかくてしっとりスベスベだね」

「え……?」


 きゃああ……。

 左側にいた航平さんに、さりげなく手をとられて撫でられていた。


「こら~!!! 航平! 奈由の手に安易に触るな~!」


 ゴツっ!!


 あ、次男が立ち上がって三男の頭を遠慮なしに殴った~!?


「どれどれ~。ほんとだ、きめ細かいきれいな肌だ」


 もう片方の手は、いつの間にか傍らに寄って来ていた祥平さんに持ち上げられた。

 

 両手に兄弟はな状態!?


「祥兄もどさくさに紛れて触るな、手を放せ! 馬鹿!!」


 次男が長男を(ののしった~!?


 遼平さんは兄弟の手を強引に振り払うと、私を自分の腕に囲った。


「油断も隙もない!」


「あらあら、独占欲丸出しね」


 おろおろする私に、遼平さんのお母さんはのんびりしたもので、


「大丈夫よ、奈由ちゃん。喧嘩するほど仲良しだから。子どもの頃からいつもこんなよ」


 お母さん、強し。


「でも、一番女の子ウケしなさそうな遼ちゃんが、最初にお嫁さんを連れてくるとは思ってなかったわ。夢みたい」

「そんな」


 夢みたいなんて、私もですけど。


「で、コレのどこが良かったの~?」


 遼平さん、ご実家ではコレ扱い?


「んなこと、奈由に聞くな~!!」


 遼平さんが少し赤くなってる。

 ここは、きちんとお伝えしないと。


 私は、遼平さんの腕から独立して、ご両親に向き直る。


「あの、物事の判断が的確で、信頼できます。少し強引なところもありますけど、私の主張もきちんと聞いてくれます。思いやりがあって優しい所が……好き……です」


 私には、もったいない人です。

 あ~、ご家族の前で好きって言っちゃった。


「おまえら、引くな~!」


 あれ? 遼平さん、だめなコメントでしたか?


「あらあら、尊敬する理想の上司って感じのコメントねえ」

「遼、教育的指導が素晴らしいな」

「うるせえ」


「奈由ちゃんはぽやっとしてるみたいだけど、真面目な良い子だね。さすが遼が捕まえただけのことはある」

「遼兄にはもったいないなあ」

「こんなに可愛いお嬢さんとご縁があって良かったわ。ね、お父さん」

「ん」


 お父さん、一言!? 無口な方なんだ。ここにきて、初めて声を聞いた。



「さあさあ、お昼だし、お腹すいたわよね。あとの話は食べながらにしましょう。奈由ちゃんの歓迎会だから、お寿司をとったわよ」

「お~~寿司だ、寿司!」


 3兄弟たちがすごく嬉しそう。

 みんなお寿司が好きなのね。


 そして、見てると3兄弟はごく自然な流れのように、好きなネタの交換? を始めた。

 へえ、お母さんがおっしゃるように、すごい仲良しなのね?

 好みが、かぶらないんだ?


 チラ見して思わず笑みが固まった。


 祥平さん→うに、いくら、マグロ

 遼平さん→ホタテ、エビ、穴子

 航平さん→サーモン、いか、かっぱ巻き


 ネタがしっかり上下関係を物語っている!?


「ちょっと、あなたたち、またやってる。奈由ちゃんがおかしな目で見てるわよ。ネタの交換なんて、もうやめなさいよ。いい大人が」

「ほ、微笑ましいですね」


 コメントしづらい~。


「兄たちが横暴なのがわかるだろ? 奈由ちゃん」

「航平さん、良かったら、私の【うに】、いかがですか?」

「奈由ちゃん、優しい! でも、苦手なんだ。そんな舌にさせられたんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「オレの口に合うのは安上がりなネタとか巻物とかなんだ。一番好きなのは、かっぱ巻きだし」

「私もかっぱ巻き好きです! あっさりしていて美味しいですよね」

「オレたち、気が合うね」


「航平! 奈由に気安く話しかけるな」

「遼兄、怖ええ~」


「遼、何をそんなに神経質になってるんだ? 奈由ちゃんもこんないちいち口うるさい男、大変だよね」

「えっと……」

「奈由、祥兄は優しそうに見えて策士だからな。気をつけろよ」

「ひどいな。僕は本当に優しいよ」

「損得勘定ありありの優しさだろう!?」

「あたりまえだ。人間だからな。損ばかりでは心がすさむし、優しくなれない」

「これだ。まあ、奈由の前で本性を隠されても困るから、いつもの祥兄で良かったがな」


「ひどいな遼。奈由ちゃん、遼を選んでくれてありがとう。遼はね、見た目はコレで強いように見えるけど、意外と繊細なところもあって、結構やせ我慢してるから、辛そうな時は支えてやって」

「はい。お兄さん」

「可愛い~!! お兄さんだって」


 遼平さんが、お兄さんに睨みをきかせた。


「まあ、僕が随分と鍛えたつもりだから、大丈夫だと思うけどね」

「祥兄、鍛えたってなんだよ」

「さあね~」



 美味しいお寿司を食べ終わるころには、私の緊張はだいぶほぐれていた。


 遼平さんが、不意にご家族を見回して、


「親父、母さん、祥兄、航平、みんなに言っておく。俺は、これからは奈由のことを一番に考える。俺の最優先は奈由だ。覚えておいてくれ」


「もちろんよ、遼ちゃん。奈由ちゃんが一番で良いのよ。ね、お父さん」


 遼平さんのお母さんがお父さんに相槌を求めると、


「奈由さん……、遼の事、よろしくお願いします」


 低くて渋い声でそうおっしゃって、遼平さんのお父さんが頭を深く下げられた。


 お父さんのお気持ちに応えなければ!


「はい。遼平さんを、必ず幸せにします。任せてください!」


「……親父、奈由」


「お父さん、お母さん、お兄さん、航平さん、こんな頼りない私ですが、遼平さんを支えて、ご家族のみなさんと一緒にずっと幸せでいられるように努力したいと思います。この先も、どうぞよろしくお願いします」


 座布団から降りて、畳に手を付いた。


「ありがとう、奈由ちゃん。嬉しいわ。こちらこそ、末永くよろしくね」


 お母さんが私の方へやってきて、手を取ってギュッと握りしめてくれた。


「はい、お母さん」


 私は、しっかりと頷いた。




「そろそろ、帰る!」

「え~!? もう? これから奈由ちゃんとガールズトークしようと思ってたのに」

「悪いがまた今度。これから予約してる葉山のホテルまで行くから」

「え? そんな、車で1時間以上かかるじゃないの。そんなに遠くに予約したの?」

「まあな。行くぞ、奈由」

「は、い……」


 遼平さんが私の手を握って立ち上がった。


「あらあら、遼ちゃんったら。早くふたりきりになりたいのね」


 お母さん、すみません。


「先が思いやられるな」


 お兄さん、私もそんな気がします。


「奈由ちゃ~ん。また来てね~」


 航平さん、明るい。また、来ますね。


「すみません。お父さん、お母さん、失礼します~! お寿司ごちそうさまでした~」


「外は暑そうだから、私たちは玄関で失礼するわね~」


 玄関で逢坂家のみなさんに手を振られた。

 そうこうしている間に、私は引っ張られて外に出ていた。


 

「うわ、暑いな。待ってろ」


 遼平さんは車のエンジンをスタートさせた。

 エアコンの風の音。

 夏の日差しは容赦なく降り注ぐ。


 両家への挨拶が終わった。

 これで私は、まだ正式ではないけど、遼平さんと一緒に生きるルートに入ったんだ。


 遼平さんのご家族は、みなさん仲が良くて、明るくて親切だった。

 私を受け入れてくれたみたいだったし、良かった。嬉しい。

 

 遼平さんが助手席のドアを開けてくれた。


「じゃあ、行くぞ。奈由とふたりきりで新婚旅行気分を味わうのを楽しみにしてた」

「そ、そうですか」

 

 新婚じゃなくて、婚前旅行ですよね。

 響きが……なんていうか。鼓動も早くなる。

 だって、遼平さんが甘くて悪い顔をしたから。


「奈由は楽しみじゃなかったのか?」

「ご家族への挨拶に緊張して、その先のことは、考えられなかったんです」

「そうか。挨拶は終わったんだし、あとは楽しいことだけ考えられるな」

「あ、じゃあ、葉山から鎌倉は近いですし、明日は有名なお寺を回ります? 江の島とか、海も綺麗そうですよね。私、旅行なんて久しぶりですし、鎌倉あたりは初めてです!」


 私は、ウキウキしながら頭に色々と明日のプランを思い描いた。


「奈由、俺と観光、どっちがいいんだ?」

「え!?」

「俺は奈由がいい」


 遼平さんに、ボソッと呟かれてしまった。


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