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8 生涯の縁を結んで


 遼平さんと私が結婚の約束をしたことは、すぐに遼平さんから会社へ報告された。

 瞬く間に、そのことは社内に広まった。

 遼平さんは何食わぬ顔で仕事をしているので、私の方へおめでとうとこっそり声をかけてくれる人が多かった。


「おめでとう、津嶋さん」

「相原くん、ありがとう。黙っててごめんね」

「僕はそうじゃないかと思ってたよ。逢坂主任は暇さえあれば、きみをチラチラ見てたし。きみが僕と話しているのを見ると、顔が険しくなってたし。きみのことに関しては意外と顔に出てたよ。第一のメンバーも、きっとみんなわかってたと思う」


 同期の相原くんには、肩をすくめられた。


「そ、そうだったの?」

「バレてないと思っていたのは本人たちだけだったんじゃない? まあ、主任は仕事は普通にしてたし、逆に営業成績は伸びてたし、何も問題なかったよ。お得意様の所についていくと、優しい顔つきになったって、逆に評判も上がってた」


 みなさんに気を遣わせていたかも。

 でも仕事に支障がなかったなら、良かった。



 そして、まだ疑惑の目を向ける野上さんに、きちんと報告した。

 

「お伝えするのが遅れてしまってすみません。私、逢坂主任と……」

「嘘!? 本当に逢坂主任と結婚するの!!?」

「はい、そうなりました」

「いつの間に……。だから教えてくれなかったのね?」

「すみません」


 少し間があって、


「まあ、いいけど。で、もう最後までやっ……」

「の、野上さん! お静かにです~」


 だから野上さんには内緒にしときたかったのよね。


「良かったね。結婚決まると、みんなそんなキラキラを纏うんだよね。指輪も眩しいし。逢坂主任も悪い男じゃないし、むしろ出世しそうだし」


 でも、野上さん、アレ扱いしてましたよね。


「おめでとう、お幸せにね」

「はい。ありがとうございます」

 

 野上さんから祝福の笑顔をいただけて、嬉しかった。



♢♢♢♢♢♢



 そして、会社はお盆休みに突入した。


 私は自分の部屋で、それぞれの実家へ挨拶に行くため、準備をしていた。

 遼平さんは、すでに準備を終わらせて、ここに迎えに来て待っててくれている。

 今日の遼平さんは、カジュアルだけど、きちんとした白いシャツに濃紺のパンツ姿だった。


「休み中は奈由とずっと一緒にいられるから嬉しいぞ」

「会社でも一緒じゃないですか」

「ずっと一緒じゃないぞ。いくら俺たちの関係を職場で公表したとはいえ、べったりというわけにはいかないし、外回りもある」

「べったりしたいんですか?」

「したい」

「もう」


 硬派な人だと思ってたけど、お付き合いしてみたら違った。

 とても私に甘い。でも、そのギャップは悪くないと思ってしまう。

 

 私たちは、まずは私の実家に行って正式に結婚の話をして1泊してから、遼平さんの実家へ向かう。

 本当は、交際の挨拶のつもりが、結局結婚の話をすることになってしまった。

 うちはまあ良いとして、遼平さんのご両親とご兄弟とお会いするのは緊張する。


 こんな私、受け入れてもらえるのかな。


 遼平さんは、実家のほうでは大歓迎してるから、何も心配はいらないって言ってくれたけど、それは無理な話。

 少し気が楽なのは、遼平さんのご実家には泊まらないでホテルに泊まると聞いたから。

 遼平さんが前もって予約をとってくれていた。

 きっと、私のこと気遣って、配慮してくれたんだと思う。

 でも、遼平さんとホテルに泊まるというのも、ちょっと緊張するけど。


 この前、遼平さんとのことを伝えるため、実家に電話をした。

 さすがに母に驚かれた。


――ええええ~!? プ、プロポーズされた? 

『うん、お母さん。彼を紹介したいから、お盆休みに一緒に帰るね』

――ちょっと、あなたまだ23だけど、もう結婚って? お相手の彼の名前は? いくつなの? どんな人? どこに勤めてるの? どうやって知り合ったの? あのミーくんの厳しい監視をかいくぐって付き合ってたの? 兄弟はいるの?


 お母さんの声が険しい。そりゃ心配だよね。

 でも、少し落ち着こうよ。

 て、ミーくんの監視ってなに?


『えっと、名前は逢坂遼平おうさかりょうへいさん。30歳。同じ会社の上司で、お仕事できる人で、尊敬できる人。面倒見が良くて優しい人だよ。男3人兄弟の次男さん。もうミーくんには会ってる』

――まあまあの年の差ね。上司……って? 手をつけられたのね。 

『そんな言い方しないでよ』

――彼氏いない歴23年だもんね、そりゃ、隙だらけであっという間に捕まるわね。

『それもひどい。確かに隙だらけだったかもしれないけど、変な男に引っ掛かったわけじゃないよ』


 あ、最初はちょっと引っ掛かっちゃったけど。


――それを見極める目を養う前でしょう。……ミーくんも一応は会ってるのね?

『うん。ミーくんがよろしくお願いしますって、挨拶してくれた』

――そう。ミーくんが反対してないのならまだマシね。まあ、次男というのは捨てがたいし。連れてらっしゃい。一泊くらいはしていって。彼もうちに泊まってもらいなさいよ。待ってるから。

『わかった』


 お母さんたら、品定めするみたいな感じだった。

 あまり好感触じゃなかったんだよね。


 母との電話のやり取りを思い出して、ボーっとしてしまっていた。


「奈由」


 不意にたくましい腕に抱き締められた。


「なんだ? 不安そうな顔してるな」

「遼平さん……」

「俺が新規契約を取りつけるのが上手いのを知ってるだろう? 一世一代の契約だから、さすがに俺も緊張はするが、お互い心のある人間だ。何も心配してない。任せろよ」

「はい」


 そうだ、遼平さんがそばにいてくれるから、私は何も心配いらないんだった。



♢♢♢♢♢♢



 そして、今、私たちは私の実家のリビングのソファに座って、家族に対面している。

 私たちの目の前には、私のお父さん、お母さん、ミーくんがいる。


 任せろと言っていたのに、遼平さん、か、顔がこわばっていて、怖いです!

 やたらと緊張してませんか~?


「初めまして。逢坂遼平と申します」

「は、初めまして。ななな、奈由の父です」


 お父さんの方がもっと緊張してる~!?

 声が震えてるし。

 お父さんはいつもだけど、なんだか自信なさげなんだよね。


「奈由の母です」


 お母さんはいつも通り?

 でもなかったかな。遼平さんの前にお茶を出す時、手が震えてたような。


「お久しぶりです。どうもその節は」


 ミーくん、つんとしてて……素っ気ない。

 ここは私が笑顔で盛り上げないとない?


「えっと……」


「奈由さんから聞いていらっしゃるとは思いますが、交際のご挨拶ではなく、突然結婚の申し込みに伺って驚かれてると思います。申し訳ありません」


 え~!?


 遼平さんは姿勢を正しながら、なんの前置きもなく話し始めた。


 もう本題? 私たち家族は無意識に背筋を伸ばしていた。


「奈由さんは入社当初からいつも笑顔で、一生懸命に仕事をしてくれて、優しくて気が利く好ましい部下でした。一緒にいるとホッとできて、私の心は落ち着いて、自然にずっと傍にいて欲しいと思うようになりました。ですが上司ですから、上司であり続けようと努力しました。ところが、色々なことが起こりまして、耐えきれず、私の抱いていた好意を奈由さんに伝えました。奈由さんも私を好ましく思っていてくれたことがわかりまして、お付き合いを経て、プロポーズをしました。奈由さんから良いお返事をいただいたので、こうしてお伺い致しました」


 一呼吸置いて、


「お父さん、お母さん、光樹くん、奈由さんを一生、一番大切にします。どうぞ奈由さんと結婚させてください。生涯のご縁を結ばせてください。お願い致します」


 遼平さんはそう言うと、ソファから立ち上がって深々と頭を下げた。

 私も慌てて、遼平さんと一緒になって頭を下げた。


 シンプルだけど、遼平さんの言葉はまっすぐに私たちの心に響いた。


 私をください、じゃなくて、生涯の縁を結ぶ。


 私の家族の気持ちに寄り添ってくれた言葉。

 ありがとうございます……遼平さん。


 なんだか、すごく感動して、涙が出そうになった。


 そろそろと頭を上げてみると、お父さんがお母さんに小突かれていた。


「おっとりしていて頼りない娘ですが、どうぞよろしくお願いします」


 お父さん! 泣きそうな顔してる。

 やっと言葉を絞り出した感じだった。


 お母さんも目を潤ませながら、笑顔で満足そうに頷いてくれた。

 良かった。


 ミーくんもあらぬ方を見てはいるけど、柔らかな表情してる。


「ありがとうございます!! 奈由さんを一生大切にします。守ります。約束します!」


 遼平さんは再度キビキビと頭を下げて上げると、私にどうだと言わんばかりの強くて優しい笑顔を向けてくれた。

 私は言葉にならないほど嬉しくて、遼平さんに見惚れるだけだった。



 その後は、みんなの緊張もほぐれて、和やかで朗らかな雰囲気の夕食タイムになった。




 食事が終わって、歓談も終わると、することが無くなってくる。


 遼平さんがお風呂へ行くと、家族が私の周りに集まってきた。


「結婚式は来年にしても、結納は今年中が良いわよね」

「結納?」

「奈由、逢坂さんを逃がしちゃだめ」

「お母さん?」


 電話の時と、だいぶ態度が違う。


「ミーくんが認めた男だからな」

「え!? 判断基準がミーくん?」

「うちで一番シビアじゃないか」


 それでいいの? お父さん。


「それにしても、遼平君は威圧感あるな。奈由は一緒にいて怖かったり疲れたりしないのか?」

「慣れたかな。私にはすごく甘いし、優しいんだよ」

「そうか」

 

 お父さん、ビビり過ぎ。


「奈由、幸せそうで良かったわ。以前帰省した時は、疲れた感じだったし、心配だったのよ」

「もう大丈夫。実は遼平さんに救われたっていうか」

「まあ、そうだったの。本当に良い方ね」


 さっき遼平さんから梅ジュースが美味しいって褒められたから、余計に良い人って思ったかもね。

 お母さんも会うたびに遼平さんの良い所を、たくさんわかってくると思うよ。


「でも、手は早い」

「ミーくん!!」


 やめて、その話!

 光樹の一言で、お父さんはガクッと項垂うなだれた。


「パパ、何をそんなに落ち込んでるの。私たちなんて、高校の時だったじゃない」

「お、おい、ママ!」


 こ、子どもの前で、何カミングアウトしちゃってるの~!?




「お風呂お先しました~!! お湯を抜かないでよかったですか?」


 りょ、遼平さん! 相変わらずお風呂、はやっ!


「遼平君、な、奈由にはマタニティーじゃなくて普通のウエディングドレスを着せたい」

「は? なんですか?」


 お、お父さん!? ヤダ~、もう!!

 遼平さん、聞き返さなくても、わからなくていいですから!

 

 なんだか、ドタバタで疲れてきた。

 うちの家族ってこんなだったっけ?



 みんな順番にお風呂に入ったり、リビングでテレビを観たりしていたけど、10時くらいには両親も光樹も気を遣ってか、さっさと部屋へ引っ込んでしまった。

 リビングに遼平さんと私だけ残された。

 ちなみに、遼平さんはリビングの続きの和室で寝てもらうことになっている。


「少し何か飲みますか? ビールありますよ」

「いや、お酒はいいよ」

「じゃあ、麦茶にでもしましょうか」


 私は麦茶をふたり分入れてくると、ソファに座る遼平さんの前に置いた。

 私はソファには座らないで、ローテーブルの横に正座した。


「遼平さん、今日は家族に挨拶してくださって、ありがとうございました」

「いや、お礼を言われることじゃない」

「私、とても嬉しかったです。幸せです。こんな日が来るなんて、夢みたいです。こんなに幸せで良いのかなって思ってしまいます」


 遼平さんは、眉を下げて優しく微笑んでいる。


「そうか? 実は俺もだ。でもいいんだ。その権利はあるんだぞ。今の幸せは過去の忘れた努力の賜物たまものなんだって、誰かエライ人が言ってた気がする」

「……私、何か努力してたかなあ? きっと、私の努力じゃなくて遼平さんの努力です」


「入社してくる前は知らないが、俺の知ってる奈由は、努力家だと思うぞ。俺のしごきに耐えて仕事を覚えて頑張って立派な社員になった。いつもメモ取りながら必死に得意先まわって、真剣にお得意様と向かい合ってきただろう?」

「そ、そうでしょうか?」

「奈由は評判良いんだぞ」

「逢坂主任に褒めていただけるなんて、嬉しいです」

「だから、主任はやめろって」


 静かに笑い合う。


「でも、いけないことも……しました」


 苦い思い出。林田主任とのこと。

 どこか甘く切ない記憶の断片が確実に残っていて、だからこそ罪の意識はたぶんずっと消えない。

 こんな私が、遼平さんの努力に便乗して、幸せでいいの?


「奈由、来い。こっちに座れよ」


 遼平さんが、深い眼差しでポンポンと自分の隣の座面に触れる。


「はい」


 私が遼平さんの隣に座ると、肩を抱き寄せられた。

 すっぽりと遼平さんの腕と胸に収まって、お互いの身体の温もりを感じる。


「このくらいの接触は許されるよなあ」

「何言ってるんですか、もう」

「実家でも同じシャンプーなんだな。親父さんもみぃ君もこれかよ」

「そうですよ」

「なんだか複雑だ」

「?」


 遼平さんが、私の髪に顔を寄せて喋っているのがわかる。

 なんだかドキドキして、体温が上がる。


「風呂上りでパジャマ姿、可愛いな。肌もしっとりすべすべだ」


 そう言って私の腕をそっと撫でてくる。


「くすぐったいです」


 さらに私の手を持ち上げると手の甲から腕に唇を這わしてきた。


「ひやっ……だ、だめです!」

「……心も身体も、他の誰にも渡さない。よそ見するなよ。覚悟して俺の嫁になれ」

「!?」


 遼平さんのしっかりした力強い声が、言葉が、いつも私の心の揺れを止めて、導いてくれる。

 私は、あなたと生涯の縁を結んで、あなたのそばで生きて行く。


「はい!」

「よし」


 私の額に、遼平さんの熱い唇が触れたのがわかった。


 ガチャっと物音がして、すぐに唇はパッと離されたけど、熱の冷めない視線が交わる。

 物足りなさの残るキスだった。


「し、失礼~、ご、めんなさいね~、お邪魔しちゃって。ちょっと喉が渇いたからお水持って来いって、パパが。オホホホ」


 オホホホって、お母さん……まさか覗いてた?


 母が変に腰を屈めながら、リビングに入ってきて、キッチンへ向かう。

 ハッとしてリビングのドアの方を窺うと、ふたつの影~!?


 ま、まさか、お父さん、ミーくんも?

 うちの家族って、こんな悪趣味だったっけ?


「すみません。遼平さん」

「気にするな。おそらく、うちも似たり寄ったりだ」


 私たちは、静かにため息を吐いた。


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