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6 プロポーズは職質のあとに!?


 最近は、会社が休みの前日は遼平さんが私のアパートに泊まることが多くなった。

 なので、遼平さん用のお着換えボックスを用意して、いつ泊まっても良いように、パジャマとTシャツ、部屋用のスウェットを内緒で買ってみた。

 ひとりで男性用の衣類を購入するのは、恥ずかしかったけど、一緒に買うのはもっと恥ずかしい。

 下着は恥ずかしすぎるので、さすがに買えなかった。先週泊まったときのを洗濯して置いてある。


 遼平さん、喜んでくれるかな。


 ひとりでニヤけてしまった。



 その日、お着換えボックスと衣類を見た遼平さんは、そのまま動きを止めた。


 あれ? 嫌だったかな?


「奈由……。これ、俺のために? みぃ君の、じゃないよな」

「はい。遼平さんのです。新しく買ったんですよ」


 なんだか遼平さんの目が潤んでるように見えますが……。


「奈由~っ!! もう、どこまで可愛いやつなんだ~! 今日は特別サービスしてやるからな!」


 ええええ!? 何のサービス?


 勢いつけて突進してきた遼平さんに抱きつかれて、抱き上げられた!?


「きゃあ~~」

「奈由のキャアは、俺の理性を狂わせる」

「……っ!?」


 サービスする! 必要ない! の攻防? を繰り広げ、それに疲れた私は結局受け入れてしまったけど、遼平さんのサービスは、私には過剰すぎて、もう、ぐったりでした。




 翌朝、遼平さんと私は、少し遅い朝ごはんを一緒に食べていた。

 その日は、私がのそのそとシャワーを浴びている間に、遼平さんが玉子焼きを作ってくれていた。

 焦げ目のついた玉子焼きは、甘すぎるけど香ばしくて、私がいつも作っているのより美味しく思えた。

 それから昨日茹でておいたほうれん草と納豆が食卓に並んでいる。

 私が常備しているミニトマトの酢漬けの赤も食欲をそそる。

 

「遼平さん、とっても美味しいです。この玉子焼き」

「そうか? それは良かった。ちと、焦がしたがな」

「お料理は色々作られるんですか?」

「作るのは、ほぼ炒め物だ。肉も魚も野菜も、塩ふって炒めれば食べられるだろう?」

「……確かに」


「このミニトマト、うまいな」

「皮を湯むきして、母の梅ジュースの原液にお酢を加えたものの中に浸すだけなんですよ。簡単でさっぱりしてて美味しくて、大好きなんです。夏にはいいでしょう?」

「そうだな! 元気が出る」


 遼平さんとふたりで、他愛のない話をしながら朝ごはんを一緒に食べている。

 穏やかで幸せな時間だった。

 いずれ、こんな毎日になるのかな。

 そんなことが、なぜだかぼんやりと頭に浮かんでいた。



「奈由、今日も暑いが、せっかくの休日だからドライブでも行くか」

「はい!」



 私が洗面台で化粧をしていると、すでに出かける準備を終えた遼平さんが覗き込んできた。


「恥ずかしいから見ないでください!」

「奈由は化粧なんてしなくても可愛いのに」

「遼平さん、か、可愛いとかの問題じゃないです! こんな日差しの強い日にすっぴんで外に出たら顔が日焼けしちゃいます。そして、シミになるんですよ!!」

「あ、なるほど」

「焼けると赤くもなりますし、痛いんですよ」

「そうだな、奈由は色白だから、肌は日差しには敏感そうだな」


 遼平さんが、指で私の頬や腕をつついてくる。


「うまそう」

「……っ!!?」

「赤くなって可愛いな、奈由は。冗談だよ」


 半分本気にも見える遼平さんの優しくて悪い顔。

 最近それすら素敵に思えてしまって、心臓にかなり負担が……。




「空港あたりにでも行ってみるか?」

「いいですね。最近空港には用も無いので行ってなかったです」

「俺もだ。何年か前の社員旅行で沖縄へ行った時以来かな」


 昨夜、テレビの深夜放送でアメリカの空港が舞台の少し前のアクション映画をやっていた。

 私は疲れていたけれど、ついつい引き込まれて観てしまった。

 遼平さんは、食いついて観ていた。


『この刑事みたいに、上司に報告もしないでひとりで突っ走っちゃだめだ。必ず逐一ちくいち報告しないとな』


 手に汗握る痛快アクション映画、空港で繰り広げられるテロリスト集団とひとりの刑事の戦い。

 そんなコメントしながら観る映画じゃなかったですけどね。

 

 それで空港を思いついたのかな。



 運転席の遼平さんは、いつものスーツじゃなくて普段着だからやっぱり新鮮。

 泊まるつもりで持ってきたという、カジュアルな紺色の半袖シャツと黒のジーンズ。

 髪は洗い立てでパサっとしたまま。

 仕事の時みたいにきちっと整えていないから、だいぶラフな感じ。


「俺に見惚れてどうしたんだ?」

「う、、、ち、違います。……空港まで、こんな裏道があること知りませんでした」

「みんなバイパスの方を利用するからな。俺はこっちの道が好きなんだ。ずっと、信号の無い一本道だし、一車線だからのんびり運転できる」

「ドライブならこんな道のほうがいいですね」


 窓の外の風景に目を向ける。

 防風林の向こう側はきっと海、内陸部のほうは田畑が広がっているいかにもの田舎道。

 所々大きな民家がある。

 この道が空港に繋がっているとは思えないほど、のどかな景色だった。



 空港のロビーは、人で溢れていた。

 私たちは飛行機に搭乗するわけではないので、ショッピングモールのように並んだお店を見てまわった。

 なんとなく遼平さんとぶらぶらするこんな休日も楽しい。

 はぐれないように、自然と手が繋がれているのが嬉しい。



「奈由に似合わなそうなものが売ってる」

「え? 私に似合わなそうなもの?」


 遼平さんがニヤニヤしながら手にしていたのは、真っ黒のレンズのサングラス。

 それを私の顔へかけてくる。


「と、思ったが意外とギャップが可愛いな」

「!!」


 わ~!

 もう、人がたくさんいる所で大声でそういうこと言わないでください!

 バカップルみたいじゃないですか~!?


「りょ、遼平さんの方が似合いそうですよね」

「そうか?」


 黒いサングラスをかけた遼平さんは、ちょっと怖い人みたい。

 思わず、笑ってしまった。


「いいなこれ、人に視線がバレないしな。これなら奈由をじっと見てても変じゃない」

「!!」


 だから~やめてくださいって、もう!

 顔から火を噴きそうです。


「買うかな」


 遼平さんは何を気に入ったのか、そのサングラスを売店で購入した。

 その場でかけると、またぶらぶらと歩きだす。

 私たちは、1階をほとんど回って見終わると、2階へあがった。

 そして、吹き抜けになっていて、手すりから1階を見下ろせる場所にいた。

 1階では多くの人々が右往左往している。

 2階のこの場所は、珍しくあたりに人がいなかった。


 突然、遼平さんが私の両肩を掴んで固定した。

 いつの間にかサングラスは外されていて、私を見下ろしている顔はすごく真剣だった。

 

 ……!?


「奈由、俺とけ……」


「すみません! そこは立ち入り禁止の場所なので、移動してもらえますか?」


 急に近くで部外者の声がして、私たちは驚いた。


 このタイミングで~~。


 私たちに声をかけてきた人は、有名なエンブレムが正面についた制帽、制服、防弾チョッキ? 無線機?

 

 まさかの警官!

 

 無表情にこちらを見ている。そして、そこにある赤い三角ポールを指差している。


 近くに置いてある三角ポールに立入禁止と書いてあったのを、ふたりで見落としていたようだった。


「きみ、失礼だけど、年いくつ?」


 え? わ、私? 何? なんで年齢?


「23歳ですけど」


 遼平さんが私をサッと後ろに隠した。のが、良くなかったかも。


「干支は? なにどし?」


 しつこく聞いてくる。


「イ、イノシシです」


 警官は軽く頷くと、今度は遼平さんに、


「お兄さんは観光?」


 と尋ねた。


「いえ、地元市民ですが。それから、兄じゃありません。見てわかりませんか? カップルですよ、カップル。彼女とデート中なんですが、なにか?」


 遼平さん、か、顔が怖いです。凄んでませんよね?


 警官の足が一歩後ろへ下がった。


 サングラスかけてなくて良かった~。

 これでかけてたら別室で取り調べとか?


「め、免許証を見せてもらえますか?」

「免許証!? はい」


 免許証?

 どうして~!?


 私はハラハラした。

 

 一層顔つきは厳しくなったものの、遼平さんは素直にジーンズのポケットから財布を取り出し、免許証を警官に渡した。


 良かったあ。抵抗しないで免許証渡した~。

 何か疑われていること自体、良かった~ではないんですけど。


 警官は一通り、遼平さんの免許証を眺めると、


「失礼しました。とにかく、ここから移動してください。デートなら上の展望室のほうをご利用ください」


 と言って、遼平さんに免許証を返した。


 遼平さんは私の肩を抱くようにして、その場から歩きだした。


 今のって、もしかして職務質問みたいなものとか?

 驚いた。

 それにしても女性に年齢をきくってどういうこと? しかも干支まで。


「俺が未成年を連れまわす悪い大人に見えたみたいだな」

「そんな……」

「年は嘘つけるが、干支は咄嗟には嘘つけないからな。私服の奈由は可愛くて若く見えるから仕方がないが、出鼻をくじかれた」


 遼平さんたら、またなんだか恥ずかしいことをサラリと~。


 私は薄いピンクの半袖のブラウスとオフホワイトの無地の膝丈のフレアスカートという、今日も地味ないでたちですけどね。


「それにしてもやたらと警官が多かったな。要人でも来るのか」


 そうだったの?

 

 遼平さんは、少し不機嫌そう。

 でも、ショックを受けてませんでしたよね。

 素直に免許証も渡してたし。

 もしかして、今までも何度か経験が? 慣れていらっしゃるとか?

 私の方は、まだ心臓がドキドキしてるんですけど。


 そりゃ、遼平さんは目つきはキリっとしてるけど、職質されるほど怖い感じじゃないのに。


「3階の展望室へ行ってみましょう! 飛行機見たいです」

「そうだな」


 気持ちを切り替えるように、私は遼平さんの腕を引っ張った。




 屋内から旅客機が間近に見える3階の展望室に来た。

 明るくて、全面ガラス張りの開けた空間だった。

 こちらにはまばらだが人がいた。

 平日だから閑散としてるけど、土日ならもっと混みあっているに違いない。


 ちょうど離陸する旅客機もいて、ゴーっという音が響いている。

 こんな重そうな物体が空を何時間も飛ぶんだから、すごい。


 遼平さんは、あたりを窺うと私の方へ向いた。

 飛行機にはもう関心はないみたい。


「奈由、まだおまえにハッキリ言ってなかったから言うぞ。俺と結婚して欲しい」

「!?」


 今、こ、ここで言われるとは思ってなかった。

 出鼻をくじかれたって、プロポーズ? だったの?


 顔に熱が集まってくる。

 それから、胸に温かいものも湧いてきた。

 だって、これは恋愛の先にあるひとつの夢で、憧れのシーン。


「今すぐにとは言わない。早ければ俺は嬉しいがな。それから、お盆休みにでもきちんと奈由のご両親に挨拶したいし、奈由をうちの親にも紹介したい」


 遼平さんは、少しひきつった怯えたような顔をしていた。

 私の返事を恐れているような、そんな見たことのない自信のなさそうな……。


 そんな顔、しないでください。大丈夫ですから。


「もう、私の答えはずっと前から決まってますよ。そうじゃなきゃ遼平さんと一緒にいませんし、部屋に泊めたりとか、しません。遼平さんのそのきちんと考えてくれている所、嬉しいです。よろしくお願いします」


「い、いいのか? 奈由。結婚してくれるのか?」

「はい。でも、少し待ってくださいね。総務に異動になりますし、落ち着いてからで」

「それはいい。でも、奈由、流されたり勢いだけじゃだめなんだぞ。良く考えた末のその返事なのか?」

「はい」


 今までも散々ほのめかされていたと思いますけど、あなたがそれを言いますか?


 流されたり勢いだけでも、遼平さんとなら結婚しても大丈夫そうな気がする。

 誰も結婚後どうなるかなんてわからない。

 わからないから結婚しないのではなく、結婚してみようと一歩踏み出すのも有りかと思う。

 すくなくとも、今、この人と結婚して後悔はない。

 私も遼平さんと結婚したい。


「ほ、本当か? いいんだな?」

「はい」

「今から婚約指輪を買いに行こう!!」

「え!? 遼平さん、ありますよ。ここに」


 右手の薬指のペリドットの指輪を見せる。


「その、パだかペなんとかの、それで良いのか?」

「これが良いんです。初めて男性から、遼平さんからいただいたプレゼントなんですよ。これ、遼平さんの心のこもった贈り物ですし、すごく嬉しかったんです」

「奈由……」


 遼平さんは、泣きそうな顔で私の右手を握りしめた。

 そして、私の指から用心深く丁寧に指輪を抜き取ると、左手を優しく持ち上げて薬指にその指輪を嵌めた。

 お店ではぴったりだと思ったけど、左指だと少し緩かった。


 遼平さんは嬉しさは意外と顔に出すんですよね。


 遼平さんは、今度は私の左手を両手で包み込んだ。


「ありがとう。ずっと奈由のこと大切にするからな」

「はい。私も遼平さんを大切にします」


 私は、誠実な光を持つ遼平さんの瞳を見つめてしっかり頷いた。


 遼平さんは有言実行する人だ。

 きっとずっとそうしてくれる。

 何も心配はいらない。


 まわりにいる人たちから、なんとなく温かい視線でチラチラ見られているのを肌で感じながらの忘れられないプロポーズ。


 遼平さんは真剣そのもので、まわりの目は全然気にならないみたいだった。

 私は小心者なので、かなり恥ずかしかったけど、印象的な素敵な想い出になった。


 その後よく考えたら、職質のあとにプロポーズって、なんだか妙に可笑しくて……。


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