10 夜の妖精!?
終わりに近づきましたので、ひたすら甘いです。
実は、会社の先輩の野上さんから、早々と結婚お祝いにすごい物をいただいてしまって、この旅行に持って来ていた。
私なら、絶対買わないというか、買えないもの。
……いわゆるセクシーな下着。
たぶん、逢坂主任が喜ぶと思うから、って、
特別な日に着てね、って、野上さんからウィンクしながら渡された。
『ベビードールよ』
『赤ちゃんのお人形? ですか?』
『知らないの?』
『はあ』
『ベビードールを知らないような初心な娘の方が、先に結婚して行くんだから、世知辛い世の中ね』
『な、何をおっしゃってるんですか!?』
そんなやり取りがあって、
部屋で包みを開けてみて、初めて手にして間近で見るベビードール。
気が遠くなった。
それはレースやフリルがふんだんに使われている装飾過剰なキャミソールのようなものだった。
裾がフワッと広がっていて、丈が短い。セットのショーツは布面積が少なすぎるっ!
透け透けな生地……ナニコレ? 見ただけで、燃え尽きた。
これってどうなの? 遼平さんに引かれないかな?
喜ぶ? いやいや、喜ばれたら大変なことに……?
私が着るには相当の勇気がいる代物。
持っては来てみたけど、着るか着ないかはその時の気分で。
たぶん、着ないと思う。
そう思っていたのに……。
♢♢♢♢♢♢
遼平さんの運転する車で、美しい海岸線の道を走ったあと、海辺に立つリゾート地のヴィラのようなおしゃれな外観のホテルに着いた。
ここで夕食をとって、1泊する予定と聞いていた。
「わあああ~、素敵です! お部屋から海が見える」
目の前に海の見えるバルコニーがついたお部屋なんて、初めて。
部屋の真ん中にドンと鎮座するダブルベッドはちょっと心臓に悪いけど、白い籐のゆったりしたアームチェアに丸いガラステーブル。白い壁にレモン色のカーテンが映えるうっとりするほど素敵な部屋だった。
「とても素敵なお部屋ですね、遼平さん! 予約してくださって、ありがとうございます!」
「気に入ったか?」
「はい!」
「良かった」
私は、さっそくバルコニーに出てみた。
こんなに近くに綺麗な海が見えるなんて、贅沢な気分。
暑いけど、風は気持ち良かった。
「ホテルの夕食まで時間があるから、近くを散歩するか?」
「はい! お昼も豪華なお寿司だったんで、腹ごなしをしないと」
「食べる気満々だな」
「だって、ホテルのディナーですよ! 滅多に食べられないんですから、楽しみで仕方があ……」
満腹状態で、あのベビードールはまずいかな。
いやいや、着なくていいよね。
「どうした?」
「い、いいえ、なんでもありません」
う~ん。食べないわけにはいかない。
残すなんてとんでもない。
たとえ、着たとしても、
すぐベッドに横になってしまえば、自然におなかも引っ込んでくれるよね。
すぐ横に!? あれ? なんだか着る気になってる?
あ~ん、もう!
「奈由? 何をそんなに悶えてるんだ?」
「も、悶えてません。葛藤してたんです!」
「ずいぶんと力強い葛藤だな。夜まで体力残しておいてくれよ」
え?
思わず遼平さんを見上げる。その瞳の奥の熱に落ち着かなくなって、すぐ視線を海へ投げた。
気が付かない間に手が繋がれていて、ぎゅっとされた。
「バルコニーから落ちたら大変だからな」
本当に心配性ですね。
落ちませんから。
ホテルのレストランに入ると、窓際の席に案内された。
レストランは、全面ガラス張りの窓で、外には海が広がっていた。
テーブルの上には、小さなガラスの器に入ったキャンドルの灯が揺らめいている。
夜の海、散歩してきたけれど、遼平さんと一緒だったので怖くはなかった。
今日は、旅行先というのもあって、堂々と手を繋いだり、腕を組んだりして歩いた。
ただぶらぶら歩いているだけなのに、楽しかった。
遼平さんは私と一緒に道を歩くときは、必ず自分が車道側を歩く。
飲食店でも、自分は通路側か手前に座って、必ず私を奥に座らせる。
そして上司と部下の時も、お付き合いを始めてからもだけど、一度も会計で私にお金を出させてくれなかった。
そんなこと当たり前というかもしれないけど、決してそうではないと思う。
「奈由は、こういう立派なレストランは慣れてるのか? 落ち着いてるな」
「慣れてないですよ。お友達と本当にたまに、ちょっと豪華なランチに行くくらいです」
「そうか。俺はほぼ飲み屋か定食屋だったからな。奈由と付き合うようになってから、多少お洒落な店に行くようになった」
「ふふ。そうなんですね」
私だって、ホテルのフレンチのコースのディナーなんて初めて。期待に胸が躍る。
お酒はあまり飲まない私に合わせて、遼平さんがアルコール度数の少ない杏の食前酒をオーダーしてくれた。
薄い琥珀色の透明な液体が入った、小ぶりのグラスが運ばれてきた。
「まあ、昨日今日と、長距離移動で気も遣ってお疲れさまだったな。とりあえず、乾杯!」
「はい。遼平さんも、お疲れさまでした」
お互い微笑み合いながら、グラスを持ち上げた。
甘さ控えめで酸味のある軽い食前酒は食欲をそそる。
給仕の女性が、お料理の説明をきちんとしてくれる。
前菜は、薔薇のように美しく巻いてあるスモークサーモン、そしてホタテのテリーヌ。
波のようにかけてあるバジルソースと散らしてあるベビーリーフの緑が鮮やかできれいだった。
美味しいを連発しながら、ゆっくり味わいながら食べた。
ふと見ると、遼平さんのお皿はすでに空っぽだった。
は、早いっ。私も少しスピード上げて食べないと。
「悪い。いつもの癖で、腹も減ってたもんでガツガツ食ってしまった。奈由はゆっくり食べていいんだぞ」
「はい」
私のゆっくりはかなり遅い。気持ち早く食べないと……。
本日のスープはごぼうの冷たいポタージュ。
ごぼうなんて珍しい。オリーブオイルが香りづけに垂らしてある。
滑らかな舌触り、微かなごぼうの風味。クセが無くて美味しい!!
ハッと前を向くと、遼平さんと目が合う。
微笑まれた。
「うまいか?」
「はい、とっても美味しいです」
「良かったな」
「遼平さんはどうですか?」
「すさんだ食生活だったからな~。薄味に慣れてない」
「そうですか」
「でも、奈由が美味しそうに食べているのを見ながら食べると美味しく感じる」
「良かったです」
「あの、こんな素敵なホテルにお食事、たくさんお金を使わせてしまって、すみません」
「奈由、今ここでそれを言うなよ。初めての外泊だし、奈由は今月誕生日だろう? お祝いも兼ねて奮発した。俺は大した趣味もないし、今まで生活費以外使うところがなかったから、その分有効的に使ってるまでだ。奈由が喜んでくれるなら惜しくない」
「だめですよ。遼平さんは私のこと甘やかし過ぎです。図に乗りますよ」
「奈由は物を欲しがらないし、ねだらないじゃないか。たまにはおねだりして良いんだぞ。我慢してるのか?」
「いいえ、我慢してません。あまり物にこだわりがないんです。でも、物で満足しないんですから、かえって面倒かもしれませんよ」
「望むところだ。おまえを満足させてやる。そいつを新しい趣味にするかな」
「それ、趣味でいいんですか? 私は、たまに美味しいお食事をして、おでかけして、好きな人と一緒に過ごすだけで、楽しくて満足で幸せですから」
「……奈由と出逢えて良かったよ」
「私も、遼平さんと出逢えて良かったです」
遼平さんは、強面と言われているけど、笑うと爽やかな感じで、ぐっと優しい顔になる。
私に向けてくれる笑顔は、いつもそう。
メインディッシュは、真鯛のポワレに温野菜が添えてあった。
真鯛の皮はパリッと焼けていて、身は柔らかい。
そして、バルサミコ酢とポルチーニのソースだそうだ。
家ではとても作れない味。たまにお友達と行くフレンチのお店で知った贅沢な食材。
遼平さんは、首をかしげながら食べている。
確かに、馴染みの無い独特のコクのある味かもしれない。
コース料理でパンかライスか選べるときは、必ずパンを選んでいる。
パンは大概どのお店でも気を配っているようで、おいしい。
メインディッシュのソースは残さず、パンで掬い取る。
遼平さんは、ライスを選んでいた。
パンは食べた気がしないそうだ。
男性はそうかもしれない。
デザートは、ゆずのシャーベットとバニラアイス、その周りに季節のフルーツが綺麗に盛り付けてあった。
遼平さんは、デザートを一番おいしそうに食べていた気がする。
「とても美味しかったです。幸せです。ありがとうございます。遼平さん」
「ああ。俺も奈由の満足そうな笑顔を見られて幸せだ。今日一番のごちそうだった」
「……遼平さん……」
私は、その時……あれを着ようと決意した。
部屋に戻ると、遼平さんは、カラスのようにささっとお風呂に入って、あっという間にバスローブ姿で出てきた。
髪から少し垂れている雫に、なんだか色気を感じて、目を逸らしてしまった。
「バスローブって、初めて着たが肌触りがいいぞ。これ。奈由も風呂上がったら着てみるといい」
「そ、そうですね。私もバスローブは初めてです」
なんだか、純白のバスローブに目がチカチカする。
とうとう、この時間が来てしまった。
「じゃあ、私もお風呂に入って来ますね」
「お、おう」
私は、少し大きなポーチにベビードールを忍ばせていた。
特別な日って、今日みたいな日のことだよね。
ひとまず、バスタオルを身体に巻いて、髪をドライヤーで乾かす。
それから意を決して、素肌に淡いピンク色のベビードールを纏う。
うわっ、レース部分が多くて色々透けてるし、セットのショーツも心もとない。
非日常的なテンションになって、勢いで着てしまったけど……。
洗面所の鏡に映る姿は、恥ずかしすぎて直視できない。
すぐに、バスローブを羽織った。
パイル地が肌を優しく包んでくれてホッとする。
でも男女兼用のせいか、私にはかなり大きかった。
はだけないように、しっかり帯をしめる。
恐る恐る洗面所から出てみると、やたらと静かだった。
部屋を見渡すと、遼平さんが籐のアームチェアでうたた寝している姿が見えた。
お風呂はお待たせしちゃったし、長距離運転だったし、なんだかんだ言ってもお互いの両親に挨拶してきたんだから、さすがの遼平さんも疲れたよね。
どうしよう。
アームチェアじゃ体勢は辛そうだし。
やっぱり声をかけた方が……。
私が悩んでいる間に、遼平さんが突然パチッっと目を開けた。
「奈由!」
「はい!?」
「あ、風呂出てたのか。悪い、俺、結構寝てたか?」
「私、今出てきたばかりですから」
「そうだったか。この椅子、見た目は良いが意外と硬いな」
遼平さんは、首と肩をぐるぐる回した。
「遼平さん、疲れてますよね。大丈夫ですか」
「なあに、このくらい。残業より全然ましだ。手を伸ばせば奈由に触れられるからな」
遼平さんが椅子に座ったまま、私に向かって手を広げている。
おいで、ということだよね。
私は誘われるままに、遼平さんの方へ足を進めた。
遼平さんが椅子に掛けたまま、私の腰に腕を回して胸のあたりに顔を埋めてきたので、ドキドキしながらも遼平さんのまだ少し湿っている頭を撫でてあげた。
遼平さん、甘えてる? 昨日今日は、頑張りましたからね。よしよし。
え!?
や……。
気が付くと、バスローブの帯が外されて、自然と前が開いている。
次の瞬間、手品のように私のバスローブは床に落とされていた。
「きゃああああ! 見ないで~!!」
「うわっ!? な、奈由?」
思わず、遼平さんの目を自分の手で覆ってしまっていた。
「奈由、妖精みたいに可愛い。綺麗だからもっとよく見せてくれ」
遼平さんは優しくそう言うと、私の手首をやんわり掴んだ。
よ、妖精? は、恥ずかしい。
「明日の朝、夢みたいに消えないでくれよ」
「! 消えません……」
お互いの熱で蕩けそうな視線が絡み合う。
遼平さんはゆっくりと椅子から立ち上がると、素早く私を抱き上げた。
「きゃあ」
急に身体が浮くと、思わず声が出てしまう。
「奈由のキャアは俺の特権だからな」
私はそのまま、ダブルベッドに運ばれた……。
次話で完結予定です。たぶん(笑)