第八話 後日談、そしてプロローグの終わり
次の日。小野さんが失踪したことを知らされた。実はそのニュースを聞くまで僕は昨日あった出来事は嘘だったんじゃないかって思ったのだけれど、どうやらそれは嘘ではなかったらしい。だとすれば、小野さんは――スマイリング・ヒューマンに殺された、はずだ。そして、それを知っているのは僕だけ。誰にも話しちゃあいない。話してはいけないなんてことは言われてはいないけれど、何だか話してはいけないようなそんな感覚がしたのだ。
「……というわけで、小野さんが行方不明になりまして、家族から本日警察署に捜索願が出されました。もし情報を知っている人が居れば、私か家族まで連絡の方をお願い致します」
朝のホームルームで、滝川先生は僕たちにこう言った。
ホームルームは一時間目の授業の先生が兼任する。これによって先生の人手不足を解消するのが狙いらしいが、結果的に先生への負担は何割か増加しているのは火を見るよりも明らかなので、普通ならば増員を検討するのが当然だと思うのだけれど。
小野さんは、死んだ。昨日、僕の目の前で。
そしてそれを知っているのは僕だけだ。とどのつまり、《《僕がそれを言わなければ》》、それは完全犯罪が成立したことと同じであった。
「……だからって、どうしようもないよな。常識的に考えて」
昨日、十九時過ぎに、研究棟で小野さんが殺される姿を見ました。
そんなことを言って、何割の人間がそれに納得してくれるだろう?
はっきり言って、答えはノー。九割九分九厘有り得ない。有り得ないからこそ、昨日、スマイリング・ヒューマンはわざとらしく惨たらしく僕に見せつけるように、彼女を殺したのだろう。
でも、僕が言えば。
全てを台無しに出来る。全てを帳消しに出来る。全てを、無かったことに出来る。
じゃあ、それをやるか?
『なあ、人間失敗。君は私の犯罪を告げ口出来るか?』
脳内でスマイリング・ヒューマンが問いかけたような気がした。
いいや、それはきっと気の所為だ。そんなことは有り得ない。そんなことは信じられない。だって、それは有り得ない。
『どうして? 私はここに居るのに』
『違う。お前はあいつであってあいつじゃない。ただの幻影だ』
『じゃあ、何故幻影に怯えているの?』
『それは……』
幻影でも、彼女は彼女だから?
違う。
ただの幻影なら気にしなくてもいいじゃないか。何で気にしているんだ?
たぶんそれは、恐らくきっと。
『……おっと。それを口にしちゃあいけないぜ。犯人を逃がす手伝いをしたと見做されちまう。その時、あんたはそれをリカバー出来るのか? 出来ないだろ? とどのつまりがそういった話だ。今のままならあんたはただ偶然目撃したけど、記憶の片隅に閉じ込めてしまって、それを偶然思い出すことが出来ないってだけ。でも「その感情」を少しでも思えば、』
『分かってるよ、クソ野郎が』
「おーい、どうした?」
はっ、と息を呑んだ。どうやら少し眠っていたらしい。気付けば誰もいない。先生が僕の目の前に立ってわざとらしく手を振っているだけだ。
「……滝川先生」
「朝から居眠りとは感心しないですね。仮にもクラスメートが行方不明になったんですよ? 少しは興味ぐらい抱いたらどーです? ……それに、一時間目は移動教室です。体調が悪くないのなら直ぐに教材を持ってプログラミング室へ向かうよーに」
そうしてそそくさと滝川先生は去ってしまった。
なので僕も大急ぎでプログラミング室へと急ぐ。先生が僕を起こしたのは、僕が数少ない『無遅刻無欠席』だからだろう。高専では毎年計るのでは無く、五年間の累計で表彰する。そして僕は四年と数ヶ月ずっと無遅刻無欠席をキープしている。成績は……まあ、イマイチとだけ言っておこう。
そうして、僕が高専時代に経験した『まっかなおとぎばなし』はオチもなく終わりを迎える。
僕は普通に大学へ編入し四年生になり卒業研究に集中し出す頃合いで……僕は彼女に『再会』した。そして、彼女の、なりを潜めていたまっかなおとぎばなしも『再開』する。けれどもそれはまた、次の章で話をしよう。