第六話 死と対談
さて、ここで問いたい。目の前で首を切られたことがあるか?
答えは絶対にノー、だろう。そんなことを目の当たりにした人間など居るはずがないし、居たとしてもその事象はトラウマになっていることだろう。トラウマというよりはPTSDのほうが正しいかもしれないけれど。
血が噴き出して、びちゃり、とその血が僕の頬についた。
最初、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
強いて言えば、彼女の首筋にすうっと一本の線が入ったような、そんな感覚。
そうして、彼女は倒れる。どさり、という音を聞いて漸く僕はその状態の重大さを身にしみて感じるようになった。
これは、明らかにおかしい。
これは、死だ。
僕は人の死を目の当たりにしているのだ――と。
「どうした? どうしたどうしたどうした? 気になっているのかい、怖がっているのかい? いずれにせよ、君は間違っていないよ。間違っているのは君の……そう、自尊心だ。目の前で平和が崩れ去ったのに、その平和が崩れ去った瞬間を飲み込めずにいる、君の価値観だ。君は悪くない。悪いのはこの国だ。いつこの国は平和だと言った? 平和ならテロなんて起きやしない。首都で毒ガスをばらまかれたりはしない。首都でトラックが群衆に突っ込むなんてことはあり得ない。それは物騒な出来事だ。君はそれを、自分の日常から切り離して平和だと決めつけているだけに過ぎないのだ。違うか?」
「それは……」
分からない。
分からないんだ。
「例えば悪夢を見る人間がいるとしよう。彼は常に悪夢に苛まれている。しかしそれ以上は何も起きやしない。強いて言えば、ずっと続けていれば彼の精神は崩壊するだろうね! それぐらいか。普通の人間とは違う、ありとあらゆる事象を悪夢だと思い込んで、自殺してしまうかもしれないね! これは夢だ、これは夢だ、と魘されながら死んでいくかもしれないね!」
「お前……いったい何を言いたいんだ……」
「つまり簡単なことさ。世界はあっという間に崩壊する。その可能性を孕んでいるということだ。分からないか、或いは分かろうとしないだけか。いずれにせよ、世界はとっくに腐りきっている。タイムリミットも近づいている。だからこんな敗退的な創作だって生まれているじゃないか、スマイリング・ヒューマンという私みたいな不確定的存在が」
「……一応言っておくが、それは退廃的の間違いじゃ?」
「ほら。そんな風に言い返す余裕、普通の人間には存在しないよ? つまり君は普通の人間とは違うのさ。そうだ。違うのだ。居るわけが無い。こんな存在を居ると認識している方が間違っているのだよ、そうは思わないかね?」
「それってつまり」
貶している、ってことだよな。
「貶している、と思うならそれは大きな間違いだ。或いは大きな失敗だ。だって私はここに居る。失敗作がここに居る! けれど君は何も思わない。何も思おうとはしない。それはどういうことだ? それは君の人間性が『失敗』しているからだと思わないか?」
人間性が、失敗している。
そう言いたいのか。
「そうだ。そう言いたい。私はあなたの人間が失敗していると言いたいんだ。だって普通なら、首が切れた瞬間を目の当たりにして、こう思うに違いない。恐怖を。恐怖という感情を思い描くことなく、それを言葉に示すことなく、それを表に出すことはしていない。それが、君にとって人間失敗であるということ、それ以外にほかならない。そうは思わないか?」
そうだろうか。
僕は今まで普通に暮らして普通に過ごして普通に日々を送ってきた。
だのに突然『人間失敗』と呼ばれるのははっきり言って心外だ。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
「……ま、あんたがそう思うなら別に良いけれどさ」
歌うように、話を再開する。