第十九話 Output/Input
夏休みというのは学生にとって一番長い休みであることは間違いない。しかしながら、それは大学生に取ってみると地獄の夏休みであると言えるだろう。課題と一緒に卒論も書かなくてはいけないからだ。論文とはほんとうに書くのが面倒だ。小説とは違うもので、案外それを論文テイストにすることが難しい。
ではなぜそれを小説と例えるのかと言えば、僕は趣味として小説を書いているからだ。とはいえお金になるものは殆ど書けていない。たまにお金が欲しいとなったときに数千円の案件を受けてお金を貰うだけだ。
プロになる気はあるのか、と言われると、正直微妙なところだ。
何せネタが浮かばないのだから。ネタが無い以上、文章が出来るはずも無い。依頼を受けた奴に関しては大抵が大まかなプロットを指定してくれるから、何とか執筆することが出来るのだけれど、完全なオリジナルとなると話が別だ。
「もし、次書くとしたら……」
何だろう。何が思い浮かぶだろう。何が考えつくだろう。
「……スマイリング・ヒューマン」
ぼそり、と考えついたのは彼女のことだ。スマイリング・ヒューマンは都市伝説のようで、フォークロアのようで、インターネットで出回っている二次創作でも無い。
目の前で、僕は出会った。確実にそれは人間であり、人間以上のものである。
彼女に僕は――人間失敗と呼ばれている。
人間失敗とはいったいどういうことなのか。人間は失敗する生き物だと誰かが言っていたような気がする。多分。気のせいだけれど。でもいずれにせよ人間は失敗し、そうして考えて(考える葦とは誰かが言ったものだ)、そうして成功へのアイデアを導くものだと僕は思っているし、その通りであると思う。では、彼女はそうしてなお、僕を人間失敗と揶揄したのか。僕に出会ってから数十秒という僅かな時間で、何故彼女は僕にそういう評価を下したのか。
出来ればまた会って、話を聞きたい。聞けるものなら、だけれど。
論文も小説も進まないので、僕は寝転がることにした。椅子から立ち上がり、ベッドに横になる。ベッドの隣には本棚があり、そこにはたくさんの本が詰められている。地震が起きたらまず倒壊するだろうし、僕の命は永遠に絶たれるかどこかのパーツが使えなくなるかのいずれかだろう。
「……スマイリング・ヒューマンって、聞いたことが無いよな」
良く考えると。
スマイリング・ヒューマンという名前は都市伝説として聞いたことがあったとしても、僕の周囲でしか聞いたことの無いいわゆるローカル都市伝説であり、それ以外の場所に旅行で出かけたり、インターネットではあまり主流な都市伝説では無かった。
これは彼女自身が生まれて間もないからなのか、或いは都市伝説としてのバリエーションがあるのか、はたまた――。
「僕に何らかの影響があるのか――」
最後は適当に言ってみたけれど、その可能性だって十分にあり得る。
僕が居るから、彼女が居る。
彼女が居たから、僕が居た。
「……いや、そんなこと、」
戯言だ。
あり得ない。そんなことはあり得るはずが無い。たかが都市伝説と自分の関係性を強調すること自体が間違っているのであって、それをどう認識するのかが問題だと言えるだろう。
僕は文庫本を手に取り、そのまま読み進めていった。
作業が進まないときは、別の作業が進むものである。今回の場合は、執筆が進まないけれど、小説を読むことが進む。アウトプットがだめならインプットをしよう、というわけだ。結構作家でもそういう人は居るようで、アウトプットをしすぎると逆に何も出来なくなり、インプットするしか無くなってしまう、なんてこともよくあるらしい。
まあ、結局僕は中途半端な訳だけれど――そんなことを思いながら、僕はそこで意識が途絶えた。




