第一話 学生食堂と都市伝説
茨城県ひたちなか市にある茨城工業高等専門学校の学生食堂は一時期二年で業者が三回も変わる呪われた食堂なんて言われていた時期があった。
しかしそんなことを知る人間も殆ど少なくなってしまい、今や五年生の僕たちぐらいしか知ることはない。今日も日替わり定食を注文しながら僕はそんなことを考えるのであった。
「今日は空いているな、ラッキー」
券売機から手に入れた食券をおばちゃんに手渡して一分あまりで料理が出てくる。料理、と言っても既に出来ている物をそのまま提供するだけだからはっきり言って温い。ひどいときはご飯がつきたてのお餅かと言わんばかりのもちもちぶりを発揮している時もある(要するに柔らかすぎてご飯がお米の形を成していない、ということ)。でも今日のご飯はお米の形を限りなく近い形で維持しているようで何より。最近はお米の形も安定しているからやっと水の量を憶えてくれたのかもしれない。それくらい仕事なんだからちゃんとしてくれ、とは言いたいところでもあるけれど。
おかずと味噌汁とご飯を貰った僕はウォーターサーバーからコップに水を注ぐ。そばに置かれているふりかけをご飯にかけて漬物を二回分ご飯の上にのせるとできあがり。ちなみに今日のメニューは唐揚げ定食。定番中の定番だ。揚げたて――とは言いがたいしなびた唐揚げが三つとサラダがのせられている。サラダのキャベツはまだ切り立てというかできたてというかシャキシャキしている瑞々しさを感じさせた。
一番窓側の列は避けて、その隣の列、通路側に陣取る。ここが僕のパーソナルスペース(使い方が間違っているような気もするけれど)だ。なぜ一番窓側の列は避けるのかというと、先生達が普段食事に使う場所だからだ。別にそこを専用としているわけじゃないけれど、何故だか先生は学生との交流を嫌う傾向にある。だからなのか、何なのかは知らないけれど、どうしてだか先生はあそこに座りたがる。座りたいだけなのかもしれないし、わざわざ避けたいだけなのかもしれない。
「よう、今日もここに居たか」
そう言って弁当箱を持った手を掲げて、僕の目の前の席を陣取った大柄の男が居た。
そう他人行儀に話をしてしまうと、知り合いでも何でも無いのかと思われてしまうかもしれないけれど、そんなことは無い。数少ない僕の友人である彼は、美作という。下の名前は、あまり言わないから忘れてしまった。
「やっぱりこの席が一番だよな」
次にやってきたのは同じく日替わり定食を注文した宏明だった。何故下の名前で呼ぶかと言えば、それは単純明快。……僕と彼は同じ名字だからだ。だから仲良くなったのであって、だから話し相手になったのであって、それは偶然であり必然であったのかもしれないけれど。
僕はその言葉に頷き返すと、
「やっぱりここが一番……というのは確かにその通りな気がするね。それに、ここはウォーターサーバーが一番近い。水のおかわりをするのが一番良いんだよ」
「確かに、そう言われてみるとそうだな。……普段はここあまり空いていないしね」
「そういえば、話をまったく変えるんだが」
美作が突然なにかを言い出した。僕たちはそれを聞いてそちらに耳を傾ける。
「……聞いたことはないか? この高専に七つの都市伝説がある、って話」
「……それ、都市伝説というより、七不思議と言った方が近いんじゃない?」
「そりゃそうなんだけれど。でも、七不思議って言うには七不思議らしくないというか、何というか……。けれど、大なり小なり不思議はいっぱいあるらしいんだよ」
「へえ、じゃあ、小さいのは?」
「国語の平井先生の弁当はいつも重箱説」
「ぷぷっ」
思わず吹き出してしまった。
確かに平安貴族みたいな顔をしているけれど、流石にそれは無い。
ってか、この前明らかに手作りのおにぎりとミートボールを頬張っているのを教員室で目の当たりにしているし。それは明らかなデマだな。
「あとはプログラミングの滝川先生はUSBデバイスを挿せる説」
「それ、人間じゃないじゃん!」
「何か言いましたか!」
気づけば、僕たちの隣に滝川先生が立っていた。ちょんまげのようなヘアーは特徴的で、その顔と髪型を見た物は二度と忘れることは出来ないだろう。早口だし情報量が多いので、USB3.0を使えるのではないかという説が出てくるのも、何か頷ける。
「まったく、そんなこと出来るわけ無いじゃないですか。そもそも、それはもう人間じゃないですよ。ロボットですよ、ロボット」
「でも先生、CD-ROMを見ると情報が分かるって話聞きましたよ?」
それも七不思議の一つなのか。
「それもデタラメですよ。デマとでも言えば良いですか。そんなこと出来るわけ無いじゃないですか。僕の眼鏡はレーザーでも発射するんですか!」
そんな激昂されても。怒るなら噂を広めた人に言ってくれ。ってか唾が飛んでくる。
滝川先生はぶつぶつと言いながら隣――つまり一番窓側の列――の通路側に陣取り、食事を開始した。
「で、最後の七不思議なんだけど」
「まだ三つしか聞いてないんだが?」
「まあ、細かい話は気にするなって。そして、その七不思議の最後の一つが」
「スマイリング・ヒューマン、でしょ?」
僕たちの隣に居た女性が、そんなことを口にした。
緑色のコートに身を包んだ彼女は、よく見ると同じクラスのクラスメートである小野さんだった。
小野さんは僕たちのクラスで数少ない女性(そもそも高専は、一部の学科を除いてほぼ男子校の傾向にある)であり、成績は優秀だった。確か電子系に詳しい彼女は、そちらのほうに進路が決まっているとか決まっていないとか。