第十二話 乖離
「機関のことはもういいや。……どうせ聞いても教えてくれないのだろう」
「お。素直だね。どうした、明日は槍でも降るのかい」
「それを言うなら雨だろ……。お前、やっぱりどこか日本の知識が曖昧なところがないか? 実は外国人だとか?」
「そもそも殺人鬼に人権など必要かね?」
……あー、うん。要らないかも。
「要らないだろ? 必要ないだろ? それに私だって必要としていない。だから別に要らないんだ、人権なんて」
「じゃあ君は人間じゃないのか?」
「じゃあ、君は人間だと言えるのかよ?」
「それは、」
言えるか?
「人間が人間であると誰が証明する? 他ならない、別の人間だろ。別の人間が、この人を人間であると証明することで人間であることが証明できる。とどのつまり、他人を持たなければ人は人と認められない。この意味が、分かるか?」
高度なことを言っているようで、とても陳腐なことを言っているように見える。
しかし、そんなことはどうでも良いと思っているのか、さらにスマイリング・ヒューマンの話は続く。
「生きるとは何か? 死ぬとは何か? 死ぬとは、生命活動を停止させれば良いだけの話。だが、生きていくとは、どういう意味か? 誰によって人間は生かされているのか?」
疑問符ばかりが浮かんでいる様子だが、要するにその答えをうまくはぐらかすための言葉がある。
「きっと、カミサマってやつが居るんだと思う」
「人は、分からないことがあると直ぐにカミサマという単語に逃げる。技術で開発出来なければ、それはカミサマの奇跡なのだと断言する。そうやって人間はずっと『逃げ続けてきた』。今までも、そしてこれからも」
カミサマを否定している。
それがスマイリング・ヒューマンであり、スマイリング・ヒューマンの所属している『機関』の考えなのだろう。科学で解明できないことは、すべて科学で解明できないと気が済まないこの現代社会で、カミサマという曖昧な理論で解釈することは許されない。
「だから、私たち『機関』はカミサマを殺すことを目的としている。科学で神を殺す。それは難しいようで簡単なようで、或いはそうでもないのかもしれないけれど」
「神を殺したところで、何が得られるんだ?」
「さあね。或いは自分たちが神にでもなろうとしているんじゃない。私には案外面倒だし、一番厄介なことだし、あまり必要とはしていないことなのだけれど」
どうやら、機関に所属しているものの、彼女としては機関の意向にはあまり賛成していないらしい。
だとすれば、彼女は、何のために行動しているのか?
「だったら、君は何のために――」
「行動してるのか、って? 簡単だよ。私という存在をこの世から消し去るために、人を殺めているのさ。ただそれだけに過ぎない。人を殺め続ければ、やがて私という存在は消えて無くなってしまうだろう? それを求めているのさ」
「だったら、別に殺すだけじゃなくて別に何か方法が……」
「人の口に戸は立てられないが、死人に口なし、とは言うだろう? つまり、そういうことだよ」
それ以上、僕は何も言えなかった。
それ以上、何も言いたくなかった。
だって彼女との会話に生産性が見いだせなかったから。
「……さて。そろそろ私は『仕事』があるから失礼するよ。これ以上に質問は?」
すたすたと歩き始める彼女。そして僕の脇を通り過ぎ――。
「待ってくれ……!」
通り過ぎてから少しして、僕の声で彼女は立ち止まった。
立ち止まってくれるとは思っていなかったから、僕は踵を返して、何故彼女がそこに立ち止まっているのか分からなかった。認識出来なかった。理解できなかった。
「……何だよ。言いたいことがあるなら、さっさと言え。それとも、ただ私を足止めする時間稼ぎのためだった、とでも言いたいのか?」
「……なんで、君は人を殺すんだ?」
「言っただろう。だからそれは私という存在をこの世から消し去るためで、」
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ。どうして、君が人間を殺さなくてはならないんだ。もっと別の方法があるじゃないか。君が人を殺すのを辞めて、ずっとしていれば、やがて人間は忘却の彼方に君を遠ざけていくだろう。そうすれば、君が人を殺す必要だって」
「愚問だね」
彼女は、僕の言葉を言い切る前に、結論を述べた。
「だったら私はとっくに、スマイリング・ヒューマンなど名乗っていないよ」
そして。
彼女はゆっくりと歩き始める。
今度こそ彼女は立ち止まることはないだろう。そう思いながら、僕は何も呼びかけることが出来ないのだった。




