第九十九話 男というもの
それから一週間、クレイリーファラーズは俺と話をしなくなっていた。これまでもこうしたことは何度かあったが、今回はそのどれでもない、全く新しい雰囲気を持っていた。強いて言えば、「私の未来は私が切り開く。お前は黙っていろ」と言わんばかりの雰囲気を纏っていた。
ただ、それは俺と二人きりになったときに醸し出す気配で、他の人がいるときは努めて冷静を装っている様子だった。戸惑っているのは、いつも俺の側に居るワオンくらいのものだ。
そんな彼女が今朝、何と化粧をしていたのには驚いて心臓が止まるかと思った。口紅をさして、ちょっとアイシャドーのようなものを引いている。何というか……精一杯オシャレしています、可愛さを前面に押し出していますという意図がありありと感じられて、ちょっと痛々しい。だが、そんなことをものともせず、今日も彼女はウォーリアに話しかけていた。
「やあ、クレイリーファラーズさん」
「ウォーリアさん、屋敷に来られるのは、お昼からでしたね?」
「はい。あの……領主様のご都合は……」
「全く問題ありません。暇です。全然暇ですから、いつでもお越しください」
そんな彼女の言葉に、ウォーリアはニッコリと微笑む。
「そうですか。それはよかったです。それでは、試作品をお届けに上がります」
「はい、お待ちしております」
「あれ? クレイリーファラーズさん、今日のお召し物は……初めて見るものですね?」
「いや……昔着ていた服なのですが……」
「いや、とてもかわいらしいですよ。うん、とてもいいですよ」
「そうですか? いや、そんなことはありません……はずかしいですよぅ」
気色の悪いくらいにクレイリーファラーズは照れている。そんな無駄話をしていないで、早く炊き出しを手伝ってほしいのだが。俺は必死で彼女にテレパシーを送るが、全く伝わらない。そんな俺の様子を気にかけることもなく、彼女は話を続ける。
「領主様の衣装が出来上がったら……私の衣装も作っていただけませんか?」
「もちろん! よろこんで!」
「できればその……今以上にかわいい服を着たいのですが……」
「いいですとも、お任せください!」
満面の笑みを交わし合う二人。おそらくクレイリーファラーズの頭の中では、この内容が200万倍増しになって記憶されているに違いない。だが、俺にはわかる。同じ男として、このウォーリアという男は全くクレイリーファラーズに気がない。そう、間違いなく、一人の客として応対している。そのことを伝えたいとは思うけれど、きっと言ったところで聞く耳は持たないだろう。これは俺にも経験がある。
中学の頃だったか。席替えで隣に座った女子が、「ノート貸して」と俺に声をかけてきたのだ。今から考えれば、単に書き漏れたところがあるために、便宜上、隣にいた俺に声をかけただけだとわかるのだが、そのときの俺は、コイツ、俺のことが好きなんじゃね? と考えてしまったのだ。イタイにも程があるが、その当時の俺はマジでそう考えていた。だが、当の彼女はそれ以降一切俺に興味を示さず、話しかけてくることもなかった。そりゃそうだ。寄ると触ると、ずっとガン見してくる男が隣にいるのだ。気持ち悪いことこの上ないだろう。
当時の俺には、少なからずアドバイスをしてくれるクラスメートもいたのだが、俺の耳には入らなかった。結局、その女子とは高校で別れてしまい、その後、彼氏ができたと風の噂に聞いた。今思い出しても、顔から火が出る経験だ。
クレイリーファラーズの可哀想なところは、相手がある程度相手をしてくれていることだ。逆に、うるせぇこのゲス、近寄るんじゃねぇ! とでも言ってくれた方があきらめは付くのだ。だが、彼女は完全に期待を持ってしまっている。このままではストーカーになる可能性が極めて高い。それは、誰も幸せにならない。考えた俺は、彼女に一つアドバイスをすることに決めた。
昼食を食べ終わったとき、俺はクレイリーファラーズに声をかけた。彼女はそれを無視して、二階の部屋に上がっていく。俺はその後を追いかけた。
「……これから着替えるのです。出ていってください」
「着替えるって……また服を着替えるの?」
「いけませんか? 女性が服を着替えてはいけませんか?」
落ち着いた声だが、その奥には怒りが渦巻いている。きっと、黙って見ていろ、このクソガキがぁ。私は狙った獲物は絶対に諦めねぇんだよ! 邪魔するんじゃねぇ! くらいのことを考えているに違いない。俺はそんな彼女を手で制しながら、早口に口を開く。
「いえね、俺も男ですから。男が好きになる女性っていう情報があるので、お伝えしようと思いました。参考になればなと。あの……男というものは、優秀であればあるほど、仕事を多く抱えているので、家ではゆっくり休みたいと考えている人が多いのです。そのために、顔やスタイルはそこそこで構わないから、炊事、掃除、洗濯ができる人、料理が上手な人を好きになる確率が高いです。料理上手をアピールすると、意外と男は興味を持ってくれますよ」
クレイリーファラーズは、俺の話をジトっとした目で聞いていたが、やがて、大きなため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「……明日から、お弁当を作らなきゃ」
その言葉を聞いた俺は、大きく頷きながら、部屋を後にしたのだった。




