第九十六話 受け入れ
「ではノスヤ、後はよろしく頼む」
シーズはそう言って俺に道を譲るような形で、わき道にそれる。後ろに控えていた騎馬兵たちも同じようにして道を開けた。そこには、死んだような目をした女性や子供たちの姿があった。
「まず……まずはこちらに集まって下さい」
俺は大声を出しながら、避難してきた人々を広場に誘導する。人々は不思議そうな表情を浮かべながら、キョロキョロと周囲を見渡している。そんな人々を村人たちが手分けをして広場に集めていった。
「ええ~皆さん! 長い旅、本当にご苦労様でした!」
俺は切り株の上に立ち、薄い鉄をメガホンのように丸めたものを口に当てながら話をする。皆、俺に視線を向けたまま固まっている。
「ええ~まず、皆さんを受け入れるにあたりまして、お願いしたいこと、約束事が三つあります! 一つ目が、できるだけお互いを助け合ってください! 二つ目が、何か困ったことがあったら、俺たちに相談してください! そして三つ目が、みんなで幸せになる努力をしましょう! この三つです!」
全員が俺の話を聞いてキョトンとした表情を浮かべている。何言ってんの、お前? と考えているのが手に取るようにわかる。そんな中、俺はさらに声を張りあげる。
「皆さんの後ろに建っている建物は自由にお使いください! ただし、お互いに譲り合ってください! 井戸に近い場所は女性に譲ってあげてください! もう皆さん、子供ではありませんから、多くは言いません! まずはそれぞれ自分の部屋を決め、荷物を置いてください! 井戸の水は自由に使ってください! 一時間後、ささやかですが、皆さんにサンドイッチを配ります。サンドイッチ……パンです。パンを配ります。そのとき、お名前とご家族がいればその名前も、パンを届けたものに伝えてください! 取りあえず、荷物を置きましょう!」
人々は明らかに戸惑っている。だが、村人たちが女性たちを誘導していく。その様子を見ながら俺は傍に居るティーエンに声をかける。
「ああ……大声を出したせいで声が枯れてしまった……。これから先のこと、お願いします」
「ええ、頑張ってみます」
ティーエンは大きく頷いた。
そんな中、村の女性たちが配布用のサンドイッチを運んできた。俺はふと兄のシーズに目をやる。彼は馬に乗ったまま、人々が避難所に移動していく姿をじっと見ていた。そんな彼に近づきながら声をかける。
「どうです? お口に合うかどうかわかりませんが、サンドイッチでも食べられませんか?」
俺の提案が意外だったのか、彼は不思議そうな表情を浮かべながら俺を眺めていたが、やがて、いつもの笑みを湛えながら、ゆっくりと頷いた。
「では、皆さんもどうぞ。長い道中、ご苦労様でした」
そんなことを言いながら俺は、一人一人にサンドイッチを手渡していく。シーズをはじめ、兵士たちはサンドイッチを見るのが初めてのようで、皆、どうやって食べようかと悩んでいたが、俺が丸かぶりしてくださいという声の下、全員がかぶりついた。
「……うん、これは、なかなか美味しいね」
シーズから声が上がる。兵士たちも皆、うんうんと頷いている。
「パンとパンの間に、肉と野菜を挟み込んだのか。考えたね。これならある程度腹も膨れる。ノスヤ、お前には料理の才能もあるようだ」
そう言って彼はにこやかにサンドイッチの味を楽しんでいた。
そんなことをしている間に、人々の移動がひと段落したようで、ティーエンを筆頭とする男たちと、それに続く女性たちが、それぞれ避難所に移動していった。避難してきた人々たちにサンドイッチを配るのももちろんあるが、一番の目的は、どこの誰がこの村に移動してきたのかのリストを作ることにある。併せてどんな手に職を持った人間がいるのかも把握するつもりなのだ。
ティーエンが出かけていった後には、その妻のルカを中心に、ドニスとクーペ夫婦たち数人がやってきて、廃墟と化した村長の軒下でバーベキューの準備を始めた。今日からここが炊き出しの会場となるのだ。
「すみませんが、よろしくお願いします」
「はい。どこまでできるかわかりませんが、頑張ります」
そう言ってルカはニコリと笑った。作るのはご飯と野菜炒めとスープというごくシンプルなものだが、それでも五百人分を作るのだ。その労力は半端ではない。
その様子を見ていたシーズは、ゆっくりと俺の許に馬を走らせてきた。
「受け入れ準備は順調のようだね。僕たちは一旦引き上げることにするよ。しばらくは、サマゲの街に滞在する予定だから、何かあればそこに知らせをやってくれ」
その言葉に俺は無言で頷く。その様子を満足げな表情で見ていたシーズはふと、何かを思い出したような表情を浮かべた。
「そういえば、お前の奴隷が見当たらないが……」
「ああ、屋敷でひきこもっています」
クレイリーファラーズは、シーズとは絶対に会いたくないと今、屋敷の部屋に閉じこもっているのだ。よほどこの間のことがトラウマになっているらしい。
「ひきこもる……フッ、ノスヤのことだ、新しい技を開発したのかな? また、どんな仕上がりになったのか、聞かせておくれ……」
そう言って彼は踵を返し、従っていた騎士たちに声をかけて、ゆっくりとその場を後にしていった。
「……一体どんな趣味をしているんだ、あの人は? マジでヤバイんじゃないか?」
「ご領主……高貴な貴族様とは、皆、あのようなものじゃよ」
俺の後ろでハウオウルが苦笑いを浮かべながら呟いている。そんな彼を見ながら俺はため息をつく。そのとき、ティーエンたちが戻ってきたのだが、その光景を見て俺は息ができない程に驚いたのだった……。




