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第九十五話 嘘も方便

抜けるような青空の下、俺は緊張の面持ちを隠し切れないでいた。この日、兄のシーズが避難民を伴ってやってくるのだ。


この五日間は俺も村人も、その受け入れ準備に忙殺されていた。何より、突然村長の畑に現れた建物に皆驚いてしまい、大騒ぎになるところだったのだ。まあ、それについては王都から魔導士たちがやって来て、たちどころにこれらの建物を建てていったと、子供のような嘘をついてその場を収めたのだ。だが、今になって考えてみると、嘘も方便というやつで、なかなかキレのある嘘をついたものだと自画自賛している。これだけの建物をわずかな時間で作ることができる能力を備えた魔導士がこの国にいる。それが隣国のインダークに伝われば、彼らの侵攻意欲を削げるのではないかと思ったのだ。


ただ、それをするには一つのハードルがあった。兄のシーズだ。


彼はこの光景を見てどう思うだろうか? きっと驚くに違いない。誰が作った? となるだろう。その言い訳が考えられていない。もう、なるようにしかならないと腹をくくってはみたが、色々な不安が湧き上がってくる。この心境は、俺がひきこもる生活を送っていたときによく似ている。


現状がよくないことは、ひきこもっている俺自身が一番よく理解していた。働かねばならないこともよく理解していた。だが、高校中退の俺を雇う企業はあるのか? という不安が先に頭をかすめる。あっても、建築系などのいわゆるガテン系の仕事しかないだろう。体力のない俺にはそんな仕事は無理だと考えてしまう。ハローワークにも行ってみたが、そもそもあそこは仕事を紹介してもらう場所だ。やりたい仕事がない俺には役に立たなかった。全ての求人票には「高卒以上」、「大卒以上」と書かれてあり、俺が応募できる求人はなかった。では、もう一度高校に戻るのかという考えも頭をよぎるが、普通の高校にも行けなかった俺が、他の高校に三年間も通い続けることができるのかという不安が湧き上がる。勉強も苦手だし、そもそも年下の連中と机を並べるのだ。確実に好奇の目線に晒される。その中で三年間も過ごすというのは、耐えられない。


結局俺は、何の解決策も見いだせずに19歳までひきこもりつづけた。湧き上がる不安と共に起き、それを打ち消すかのようにゲームをし、ネットの小説を読み漁る……。


だが、今の俺には、あのときのように逃げられる場所はどこにもない。もう、俺が何とかするしかないのだ。


「馬上にて失礼します! もう間もなくシーズ様がお見えになります! お迎えをよろしくお願いいたします!」


丘の下から馬に乗った兵士が大声で俺に呼びかけている。その声で俺は我に返る。


「じゃあ、森の入り口で出迎えましょうか」


俺は引きつった笑みを浮かべながら、後ろに控えていたハウオウルを含めた6人の村人たちを促した。


屋敷の裏口の階段を下りていくと、すでに村人たちが集まって来ていた。中にはギルド職員の顔も見える。俺はその彼らを目で制しながら、森の入り口まで歩いていく。


緩やかに下っている坂の下から、騎馬隊に先導された人々の列がゆっくりとこちらに向かって歩いていた。大半が女子供と聞いていたが、子供らしき声は全く聞こえない。不気味なほどにその集団は静かだった。


よく見ると、ところどころに大八車のようなものが見えた。おそらく職人の荷物なのか、避難民の彼らの荷物が乗っているのかのどちらかだろう。この集団は、その車と歩調を合わせるようにして、ゆっくりゆっくりと坂を上って来ていた。


どのくらいその光景を眺めていただろうか。ふと、先導する騎馬隊の先頭にいた兵士が右手を挙げた。よく見るとそれは何とシーズだった。彼はにこやかな笑みを浮かべながら、俺たちに向けて何度も手を振っていた。


「やあノスヤ、お出迎えご苦労様」


いつもの笑顔、いつもの全く笑っていない目。そんな兄の表情を見るのにも慣れてきたのか、俺はスッと頭を下げて、左手を挙げる。


「お疲れ様です。まずは、避難所にご案内します」


「うん、そうしてくれ。少々強行軍になってしまってね。皆、疲れているだろうから、早く休ませてあげたいんだ」


「わかりました。では」


俺は彼らを先導して、避難所までの道を歩いていく。シーズが馬上から話しかけてくるかと思ったが、意外に彼は終始無言で、ただ黙々と俺の後ろをついて来た。


「ほう……これは……」


避難所に着いてすぐにシーズは驚きの声を上げた。それはそうだろう。多くの長屋が整然と建っており、きちんと井戸も整備されているのだ。掠奪にあった村長の家はそのままで、そこだけが妙に違和感のある風景になっている。


「これを、たった五日間で? ……そんなわけはないな。ノスヤお前、一体いつからこれを……?」


「ああ、うう、ええ……」


頭が真っ白になる。上手い答えが導き出せない。そのとき、俺の背後で小さな声が上がった。


「先の収穫のときからですじゃ」


声の主はハウオウルだった。彼はゆっくりと俺たちに近づいてきて、小声でボソボソと話を続ける。


「国内が大凶作と聞きまして、ご領主はすぐさま避難所を作ろうとされたのじゃ」


「ほう、そんなに早く……に?」


「そうですじゃ。村長殿は逃げてしまわれてすぐ、ここにこれらを建てられたのじゃ」


「とはいえ、この短期間に」


「ギルドに協力を頼みましたからな」


「ギルド?」


「幸い、この村には土魔法に長けた冒険者が多く滞在しておりましたのじゃ。その彼らの力を借りて、これだけのものを作りましたのじゃ。もちろんそれには、儂も参加させてもらったがの」


ハウオウルは俺にウインクを投げる。助かった……。


「まあ、土魔法で拵えた急場しのぎですじゃ。あまり長くはもたんと思うが、野ざらしになるよりはええじゃろう」


ハウオウルの言葉に、シーズは大きく頷いている。


「ノスヤ、僕はお前を見くびっていた。まさかこれだけの準備を整えているとは思わなかった。これからのことは全てノスヤ、お前に任せることにするよ。これからも頼むよ」


シーズは満面の笑みを見せていた。彼のこんな笑顔を見るのは初めてかもしれない。俺は倒れそうになる体を何とか奮い立たせながら、ゆっくりと息を吐き出すのだった。

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