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第九十四話 お仕事

屋敷の扉がゆっくりと開かれると、フラフラと一人の男が入ってきた。それは言うまでもなく、この屋敷の主であるノスヤだった。彼は疲れ切った表情を浮かべたままダイニングのテーブルに向かう。そして、その椅子に腰を下ろすと同時に、パタリとうつ伏せに倒れてしまった。その様子にレークは驚き、かける言葉もないという表情を浮かべている。さらには、ノスヤの足元にはワオンが寄って来ていて、彼女も、ポカンとした表情を浮かべながら、ノスヤの姿を見上げている。


「疲れた……水……水をくれ……」


まるで別人のように枯れた声だ。レークはそれに驚きつつも、急いで水を汲んで彼の傍に置く。ノスヤはコップを掴み、中の水を一気に喉に流し込む。


「ふぅぅぅ……。もう一杯、お願い」


差し出されたコップを押し頂くようにしてレークは受け取り、すぐに水を汲みに行く。そして彼女が持ってきた水をノスヤは再び一気に喉に流し込んだ。


「あれ? いつの間に帰って来たのです?」


キョトンとした表情を浮かべながら現れたのは、クレイリーファラーズだ。髪が濡れているところを見ると、どうやら風呂から上がってきたところらしい。


ちなみに、この世界では日本の風呂というものは存在しない。大抵は大きな桶にお湯を張ってそこに入るか、お湯で体を拭くくらいのものだ。この屋敷にも風呂ではないが、髪を洗うための部屋が1階にある。木でできた洗面器のようなものが壁に取り付けられていて、そこで髪や顔を洗う。ついでに、桶も運び込んでいるので、水浴びや湯浴みをすることも可能だ。俺はよほど汗をかいた日以外は、一般人と同じように湯で体を拭くくらいにしている。


実を言うと、屋敷が建っている丘のすぐ麓には、土中深くに温泉がある。かなり前に調べていて、一度は掘ってみようと考えたのだが、その後それをどうするのかと考えたときに、掘る気が萎えてしまったのだ。本来は温泉のようにしたいし、今の俺の土魔法のスキルであれば十分にそれはできるのだろうが、優先順位から行くとそれは後回しだ。そんなことをしている間に、気が付けば今に至っている。


クレイリーファラーズは全身から暖かい湯気を放ちながら俺の側に近づいて来た。水でのどを潤し、手で口をグイっと拭う俺に、彼女は呆れたような表情を浮かべながら口を開く。


「まさか、お酒を飲んできたのですか? 余裕ですね……キャッ! 痛い痛い!」


「そんなわけないだろうが」


俺は素早く彼女にヘッドロックをかけていた。完全に決まっているが、それでも彼女は喋るのを止めない。


「声、ガラガラでしょう!」


「どれだけ喋ったと思ってんだ! 酒じゃねぇ!」


本当に、自分で自分を褒めてやりたいくらいに、俺はよく喋ったのだ。


まず、朝一番にこの村の住人全員を村長の屋敷前の広場に集め、これからのことを説明した。彼らはいきなり現れたがらんどうの掘っ建て小屋に息を呑んでいたが、そんな彼らに構うことなく俺は、五日後には五百人近い人間がここに避難してくると説明し、彼らのできる範囲で避難民を助けてやって欲しいとお願いした。彼らは戸惑いながらも了承してくれ、村長が持っていた広大な畑も、希望があれば避難してきた彼らに耕してもらえばいいのだとも言ってくれた。一番の問題が食糧だが、それについては、少なくとも半年間は俺から食料を提供することとし、避難してきた人々の中から、できるだけ早く畑を耕してもらう人を募ることとした。村人たちには、避難民が畑を耕すにあたって、色々とアドバイスして欲しいとお願いをして、了承されたのだった。


その後、俺はその足でギルドに向かい、村人に説明したことと同じ内容を喋る。こちらに関しては、すでにハウオウルが伝えてくれていたようで、話自体はすんなりと受け入れてくれた。だが彼らは、あくまで冒険者側を支援することが第一の目的だ。この村の治安が悪くなれば冒険者自身が危険にさらされるし、なにより冒険者が寄り付かなくなってしまう。そうなるとクエストが減る。ギルドとしてはおまんまの食い上げ状態になるために、治安維持のための協力には応じてくれることになった。その他、何か手伝ってほしいことがあればクエストを出して欲しいと言われてしまったが、ギルドの理解も得られたので、俺の目的は果たされたのも同然だ。


そして次に向かったのは、ハウオウルのところだ。彼が泊っている宿屋に行き、避難してくる人々をどのようにして迎えるのかについて、色々と知恵を貸してもらった。さすがに世界中を歩いている冒険者だけあって、災害に関する知識も豊富だった。特にドラゴンに街が壊滅させられたときの避難の有様は、とても参考になった。


「人間というものは、困ればそれを解決しようとする者が必ず現れる者じゃ。そういう者がリーダーとなってうまく皆をまとめていく。ご領主は、彼らが困っている部分に、最低限の手を差し伸べるだけでええ。心配しなさんな」


そう言って彼はニッコリと笑った。


アドバイスとして、避難民と俺がいつも直接やり取りしてしまうと、頭がパンクしてしまう。それを避けるために、窓口となる人を置くといいと言ってくれた。俺はハウオウルにお願いをしようと思ったのだが、彼は自分がこの村の人間ではないと話し、まずはこの村の人間を当たってみることを勧めた。俺はそれに従って、この村で最も人望のある人物の許に足を向けた。そこは、ティーエンの家だった。彼は俺の話をじっと聞いていたが、やがてゆっくりと頷いて、やってみましょうと言ってくれたのだ。これは、マジでうれしかった。


気が付くと辺りが薄暗くなっていた。よく考えれば今日一日何も食べていないことに気が付く。俺は完全に技を決められて動くことができず、にもかかわらず抜け出そうとしてさらにドツボにはまっていくクレイリーファラーズの声を聞きながら、今夜の夕食のことを考えるのだった……。

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