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第八十九話 何者ですか?

「いや、また会えたね、ノスヤ。こんなに早く会えるとは思わなかったよ」


ダイニングのテーブルに腰かけたシーズは、朗らかな笑みを湛えながら口を開いている。


「この村の人々は働き者だね。もう畑仕事に精を出しているとは……。あれは麦かな? それに……」


「うっせぇぞ! 静かにしろ、コラァ!」


「……ノスヤ?」


シーズがドン引きしている。いかんいかん。別に兄にキレたわけじゃない。クレイリーファラーズだ。この野郎は、人が話を聞いているときに頭の中に下らない事を喋りかけてきていた。やれ早く帰らせろだの、絶対に私の操を守れだの、挙句にはパンツの色を教えるなときた。さすがにそれにはブチ切れたのだ。下らなすぎる。


「……コホン、いえ、別に。あの、外でゴチャゴチャとうるさい音が聞こえたもので、気になるので、つい」


「え? 僕には何も聞こえなかったけれど?」


「そう……ですか。このところ疲れていまして……。それが原因かもしれません」


「一度、薬師に診てもらうか、回復魔法をかけてもらうといい」


そう言って彼はゆっくりとハウオウルに視線を向け、彼は大きく頷いた。


「それにしても、てっきり王都に帰ったと思っておったが、意外に早くお目にかかりましたな、シーズ殿。今日、お見えになられた御用の趣は何じゃな?」


「緊急で申し訳ないが、一つ協力して欲しいことができましてね」


「協力?」


俺は正直、心の中で悪態をついていた。次から次へと難題を吹っ掛けてくるんじゃねぇよ、このチキン野郎が! と考えていたのだ。それが顔に出さないように、必死で平静を装いながら返答を返していた。シーズはそんな俺の心の中を見透かしていたかのように、再び先ほどのような朗らかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「ノスヤは、この村の外で何が起きているのか、知っているかい?」


「人々が食料を求めて、このラッツ村に押しかけてきている……?」


「ご名答」


彼は満足そうに頷く。そしてチラリと俺の隣に座るハウオウルに視線を向け、さらに言葉を続ける。


「これは内緒にしておいて欲しいのだけれど、今年の王国での収穫高は、昨年の三分の一程度しかなかったのだ。三分の一と言っても、商人たちが備蓄している食料を王国が買い上げたのも合わせているから、実数はもっと低いだろうね」


「商人が備蓄している食料を買い上げたぁ?」


ハウオウルが頓狂な声を上げる。一体どうしたんだ?


「ええ。買い上げたと言っても、ほとんどタダ同然ですがね。なに、簡単ですよ。大商人を中心に、先日のような勅命を発令して、食糧を供出……まあ、取り上げたと言って差し支えありませんね。そういうことです」


何やら物騒なことを事も無げに話している。一体この男は何者だろうか? そんな俺の心配をよそに、彼はさらに話を続ける。


「そこまでやっても、王国内では食料不足の状態だ。そうなると凶作だった領地の民が逃げ出す……。行先は今年豊作であった領地、もしくは他国だ。王国は軍に総動員をかけて、民の流出を食い止めている最中なのだよ。実際、このラッツ村にも、およそ7000人の民が向かっているところなのだ。それを軍が押し留めているところだ」


「う、薄々は知っていましたが……」


「ほう、どこでそんな情報を手に入れた?」


怖い……。このお兄さん怖い……。口元は笑っているが、目を見開いていて、その目の奥がものすごい疑いを俺に向けている。


「儂じゃよ」


「ほう、さすがはご老人ですね」


「ご領主に送られた手紙……あれを拝察するに、今のような事態が起こることは容易に想像できましたでな。儂とてダテに年を取っているわけではありませんからな」


そう言って彼は、カッカッカと力なく笑う。そんな様子を兄は何度も頷きながらニコリと笑っている。


「で、シーズ殿。そろそろ本題に入られては如何かな? ご領主に協力して欲しいこととは、それは何じゃな」


彼はその言葉を待っていたかのように、口を開く。


「実は、避難してきている人々の一部を受け入れて欲しいのだよ」


「どういうことです?」


「いや、現在、避難民については軍の監視下に置いて、この村に人々が流れ込まないように厳しく管理している。だが、その中にも、幼い子供を連れた人も多くてね……。できれば、そういう人たちをこの村で受け入れてもらいたいんだ」


「すみません、話の意味がよく呑み込めません。まず、避難して来ようとする人々を何故軍がそこまでして留めるのですか? それに、避難しようとしている人々は、野ざらしですよね? このままでは全滅してしまいませんか? 幼い子供を救うというのはわかりますが、それだけというのは……何だか……」


「では聞くがノスヤ、お前は7000人以上の人間をこの村で受け入れ、養っていくことができるのかい?」


「う……それは……」


その気はあったのですという言葉を必死で飲みこむ。それを言った瞬間に、本当に全員を連れて来られそうな気がしたからだ。そんな俺の様子を見ながら、シーズは言葉を続ける。


「避難民については心配はいらない。まず、彼らには軍が保管している野戦用のテントを与える予定だ。今はそのテントが張れる広い場所に移動しているところだ。食料についても心配はいらない。何せ、ノスヤから予想以上の収穫物を手に入れられたからね。その大半を彼らに与えているのだよ」


「お待ちくだされ! 勅命で召し上げた収穫物を避難民に与えておるですと? それは……あまりに……。シーズ殿、貴殿は一体、何者なのですじゃ?」


ハウオウルの言葉を受けて、兄、シーズが不気味な笑みを浮かべた……。

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