第八十五話 精製魔法
「あの避難所みたいなものを作ろうと思っているのです」
「正気ですか?」
「何か問題でも?」
「あなた避難所で暮らしたことないでしょう?」
「あるわ」
「どのくらい?」
「二日間」
俺のその言葉を聞いてクレイリーファラーズは大きなため息をつく。
「その二日間は快適でした?」
「いいえ。どちらかと言えば、最悪でした」
「でしょ? 避難所を立てるということは、あなたが感じた最悪の暮らしを、人々に強いることになるのですよ? 食料は? トイレは? お風呂は? たちまちそうした問題が起こってきます。あなたにその対策はありますか?」
疑う余地のないド正論をぶつけられて、俺は返す言葉を失う。何だか、今日のクレイリーファラーズはいつもと一味違う。どうしたんだ?
俺の心配をよそに、彼女はちょっと考えるふりをしながら、小さな声で囁くようにして呟く。
「仮設住宅を作りましょう」
「え? プレハブなんてないですよ?」
「当り前です。あなたの土魔法で作ればいいじゃないですか」
「え?」
「昔の長屋……わかります? 長い長方形の家を土魔法で作って、中に間仕切りを作れば、一応完成するでしょう。窓なんかは毛布の一枚でも持って来るでしょうから、それを吊るしておけばいいのです。それと同時並行して、トイレとお風呂……銭湯のようなものでいいでしょう。そのくらいしても避難してくる人々には不満でしょうが、こちらから提供するのはこんなものでいいでしょう。ホテルではないのですから、多少の不便は我慢してもらいませんと。それに、それがあると皆がそれぞれ協力するのですよ。まあ一度、自分で長屋を作ってみればいいんじゃないですか?」
なるほどと俺は大きく頷く。そのとき、彼女がガックリと膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
俺の声に皆が集まってくる。
「うう~ん」
「誰か! 彼女を俺の寝室に運んでください」
女性たちが皆で運ぼうとするが、彼女はそれを手で制して、ゆっくりと口を開いた。
「ダメですね、お酒を飲んだあとで一気にしゃべっちゃうと。酔いが回っちゃうわん」
そう言って彼女は大きなげっぷを放った。まさか酔っ払っていやがったとは……。俺はともかく彼女を介抱してくれと頼み、そして近くにいたハウオウルに声をかける。
「先生、ちょっと見ていただきたいものがあります」
「何じゃな?」
「ちょっと外に……」
俺はチラリとクレイリーファラーズを見る。彼女はまだ飲み足りないだの、まだ食べるだのと運ばれていくのを頑なに拒否している。その様子を見ながら、ハウオウルに目で合図を送る。
「……ご領主、一体何をするつもりじゃな?」
俺は屋敷の門を出て村長の畑に向かう。その後ろからハウオウルが怪訝そうな声で俺に尋ねている。
「すみませんが、説明している時間が惜しいので、付いてきてください。見ていただいた方がよいと思いますので……」
俺は後ろを振り返りながら、どんどんと歩いていく。そしてほどなくして俺たちは村長の畑に着いた。
「先生、今から家を建てますので、見ていただけませんか?」
「家ぇ?」
「どこか悪いところがあれば、遠慮なく言っていただいて構いませんので」
そう言って俺はしゃがみ込み、両手を地面につける。イメージするのは長屋だ。長屋……長屋……長屋……。
「はあっ!」
俺の気合と共に土が盛り上がり、家三軒をつなげたような屋根付きの家が出来上がっていた。おお、長屋に見えなくもない。
「……何という、ことじゃ」
ハウオウルが驚いている。だが、ふと足元を見ると、家の周囲の土が無くなっていて、そこだけが大きく窪んでしまっている。これではダメだ。暮らせない。俺はゆっくりと息を吐きながら今建てた家に手を当てて、再び土魔法を発動する。すると、目の前の家が一瞬にして溶けるように崩れて、元の土に還った。
「なるほど、俺の手の周りの土が集まって出来上がるのか……。ちょっとこれじゃどうしようもないな……。あ、土を出しながら、それを固めていって家を作ればいいのか? でも、それじゃ時間がかかるからな……。ええと、土を出して、それを固めて、建物にするというところまでイメージして発動すればいいのかな? よし、やってみるか」
俺は再び片膝をついてしゃがみ、両手を地面に当てる。イメージするのは俺の手から大量の土が出て……それで長屋のような建物を拵えて……それを一気に固める!
「はあっ!」
ゴボッ! という聞きなれない不気味な音に驚いて目を開けると、そこには、先程よりも規模の少し大きい長屋が出来上がっていた。俺はライトの魔法を唱えて周囲を明るくして、今作ったばかりの建物の中身を確認する。よく見ると地面が見えてしまっている。まずは床を作らねばということで、先程と同じ要領で床を張る。崩れてはいけないので、一旦上に上がってみて飛び跳ねてみる。うん、丈夫だ。これなら大丈夫だろう。
俺はすぐに壁の建築に入り、建物を5つに間仕切りをした。
「ふぅ~こんなものか? あと、トイレを作らなきゃいけないな。これをどうするか……。あ、まずは先生、この建物の出来はどうですか? 何かアドバイスがあればいただきたいのですが……」
だが、目の前のハウオウルは口をポカンと開けたまま、固まっている。
「先生?」
「せ……精製を……精製魔法を操るとは……」
彼はゆっくりと片膝をつき、俺に向かって頭を下げた。




