第八十一話 責任取りなさいよ!
「いいですか? BLには浮気という世界はないのですよ! 『ガラスのココロ』や『愛ギター』では、言い寄ってくる女どもを全て無視して男同士の、許されぬ愛の中で生きていくのです。素敵だわ~。人が人を愛すのに、性別なんて関係ないっていうセリフ、ドキドキしますでしょ……?」
クレイリーファラーズは先ほどの泣き顔とは打って変わって、満面の笑みを浮かべている。言っている内容はよくわからないし、わかろうとも思わないが、まずはとにかく、機嫌が直ってくれたようなので、よしとすることにする。
だが彼女は、俺が興味を持っていないことを悟ったのか、いつの間にか真面目な表情に戻っていた。そして、コホンと咳払いをして、ゆっくりと口を開いた。
「ただ……今回の件については、責任を取ってもらいます」
「責任?」
「胸を触られ、体を触られ、尻を触られ、下着まで晒されたのです。あなたが私を縛らなければ、こんなことは起こりませんでした。いや、あなた一人のせいではありませんね。あの……外にいる老いぼれたちも同罪です。皆で責任を取ってもらいます」
「……念のために聞きますが、あなたには全く落ち度はなかったと、そう言われるので?」
「私の貞操が危機にさらされることはしていないと思います」
……うん、そう言われてしまえば、そうかもしれない。俺は意を決して、彼女に言葉を投げかける。
「では、どのようにしろと言われるので?」
「フェルディナントと結婚できるようにしてください」
「アンタねぇ……フェル……」
「フェルディナント本人とは言いません。別の女に取られてしまいましたし、それに、天界に戻れないんじゃ、あちらの世界にも行けませんしね。ですので、フェルディナントのような人を探して、私に紹介してください」
「……今の段階で言いたいことは軽く200を超えますが、今は我慢することにします。具体的にはどういう人ですか? フェルディナントと言っても、小説版と映画版では若干人物像が違いますよね? どちらのフェルディナントですか? やっぱり映画ですか?」
「映画版に決まっているでしょう! スッとした優しげな眼、少し陰のある渋さ、細いけれども筋肉質な体……。この際、映画のような顔立ちでなくても結構です。いや、ですが、できるだけあの顔立ちに近づけてくださいね? いざというときの判断力はもちろんですが、女性に対する……私に対する愛情も当然持っていなければ話になりませんよ? あとは……長男はダメです。家に縛られますでしょ? 結婚すれば確実に舅や姑と同居になりますからね。そんな面倒くさいのはまっぴらです。そうなるとやはり男に求めるものは経済力も必須ですね。別に多くは望みません。年収……日本で言いますと……まあ、三千万くらいあれば妥協します」
……アホか。どの口が言うているんじゃ。そんな言葉を必死で飲みこむ。だが、殴りたい……。思いっきりグーで殴りたい。そのとき、俺の頭に一つ、閃くものがあった。
「なるほど、わかりました。別に顔にはこだわらないと言っていましたが、取りあえず俺から見て男前であればよいということですか?」
「そうですね……。男性の場合は自分よりも優秀な男の人を紹介する傾向にあると言われていますから、それで構いません」
「それ、ネットの動画か何かでゲットした情報ですか?」
「……さあ?」
完全に目が泳いでいる。おそらく、思考や行動のパターンはひきこもっていた時代の俺と同じと見た。まあ、別にそれだからどうだというわけではないのだが、一応情報として持っておこうと思いながら、俺は言葉を続ける。
「男前で……。どちらかといえばしょうゆ顔なのですが……大丈夫? それはよかった。その方は次男で、貴族の出身です。きっとクレイリーファラーズさんのことを愛してくれると思います。かなり賢い人です。その人を紹介しましょうか?」
「ほう、そこまで言うのならば、一度会ってあげてもいいですよ?」
「わかりました。連絡してみます」
「出来るだけ早くお願いしますよ? 三ヶ月後などは許しませんからね?」
「大丈夫です。おそらく明日の朝までには返事が届くと思います。何といっても、先程出ていったばっかりですから。そんなに遠くには行っていないでしょう。おそらく、近くの宿場町にいるはずですから」
「あの……一体誰のことを?」
「俺の兄です。シーズ・ヒーム・ユーティンさんです」
「はあっ?」
「ほら、あなたのことは嫌いじゃないと言っていたじゃありませんか。顔もそこそこいいですし、しかも長男でないことは間違いないです。貴族の出身ですから、お金も持っているんじゃないですかね? とても仕立てのいい服を着ていたので、おそらく間違いないでしょう。いいじゃありませんか。あなたの希望通りの人が見つかりました。よかった」
そう言って俺は立ち上がり、屋敷の外に向かって大声で呼びかける。
「皆さ~ん。入ってきて下さって結構ですよ~。お願いがありま~す。入ってきてくださ~い」
だが、俺の呼びかけに誰も反応しない。俺は仕方なく立ち上がって、勝手口のドアに向かって歩いていく。
「ちょっと待って! それは……それだけは!」
彼女はいきなり後ろから抱き付いてきて、俺を羽交い絞めにした……。




