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第八話   屋敷

村長の後についていくこと約10分。丘の上に屋敷のような建物が見えてきた。俺たちは無言でその屋敷に向かって丘を登っていく。


そこは柵で囲まれており、庭には井戸のようなものも見える。村長は柵の扉に近づくと、そに結わえ付けられている縄をほどき、扉を開けて中に入っていく。


屋敷は二階建てで、一階にはダイニングとベッドルーム、そして応接間があった。二階には3つほど部屋があるそうだ。外には納屋らしき建物もあった。中が暗いので村長が窓を開けると、外から風が入ってくる。


「うわっ、何だ!?」


「どうかなさいましたか」


「い、いや、あまりに見事な景色だったもので……」


「確かに、言われてみれば、いい景色かもしれませんね」


窓から見下ろした景色は、絶景そのものだった。眼下に広がる緑の大地、その横には大きい湖がある。そして、そのさきには地平線の果てまでも続く森が見える。この世界にも夏はあるのだろうか? 暑いときにはあの湖で水浴びなんか気持ちよさそうだな……そんなことを考えていると、村長が重々しく口を開いた。


「こちらが、あなた様のお屋敷になります。どうぞご自由にお使いください」


「本当にいいんですか?」


俺の反応が予想外であったのか、村長はティーエンと顔を見合わせている。そして、言いにくそうな雰囲気を出しながら、俺に向かって口を開いた。


「ええ。ご自由にお使いください。ここはユーティン家の持ち物ですし、子爵様があなた様にこの村の領地をお与えになったのです。あなた様はユーティン子爵家の分家であり、爵位は……。まあ、追々授けられることになるでしょうが、このラッツ村と周辺の地域の領主さまであられます。ここから見える全ての平地、少なくとも森までの土地は全てあなた様のものです。ちなみに、北側の森を抜けると隣国のインダーク王国に至ります。現在は我が国とは停戦中とはいえ、敵国です。間違えて越境しないようにお願いいたします。併せて、隣国からの越境者には十分ご注意ください」


聞けば、隣国とは停戦をする7年前までは、年に数度は国境を巡って小競り合いを続けていたのだそうだ。そのためこの村は、インダーク王国との戦いにおける前線基地であり、この屋敷は砦の役割も兼ねていたのだという。だからこんなに見晴らしのいいところに建物を建てたのか。


俺が村長の話に、なるほどと頷いていると、彼はキョロキョロと辺りを見廻しながら、さも気の毒そうな様子で口を開く。


「本来であれば、あなた様はお連れになったご家来と共にここでお過ごしになるご予定だったのでしょうが、誠にお気の毒様ではありますが、ご家来のことごとくがお倒れになった今、あなた様のお世話をする者がおられません」


「あー、なるほど」


「我々もあなた様の手助けをしたいのはやまやまですが、皆、仕事を持っております。日々の糧にも困る生活を送っている村民に、多くの負担は求められません。毎朝、近くに住んでおりますギヴィト夫婦がこの屋敷を掃除に上がっておりますが、我々がお助けできますのは、それが限界でございます。できましたら、どなたか人をお雇いになるか、王都から再度人をお呼びになるかをお考えいただきたく思います。もし、この村の者をお使いになるのでしたら、恐れ入りますが、幾ばくかの給金をお支払いの上、お使いください」


なるほど。言っていることはもっともだ。俺一人でこの屋敷に暮らすというのは、かなり無理がある。料理は得意だが、食材が見当たらない。替えの衣服もない。それに……金を持っていそうにない。小脇に抱えた袋の中に小袋がいくつかあったが、その中に金が入っていないかを確かめる必要がある。そんなことを考えている俺に、ティーエンが見かねたような表情を浮かべながら口を開く。


「まあ、いきなりここでの生活というのは何ですから、しばらくは私の家でお過ごしください。そこで、ゆっくりと今後のことについてお考えになって下さい」


「いや、ティーエン殿の家も手狭だろう。確か、ベッドはひとつしかないのでは? ノスヤ様を昨夜泊めたということは、あなた方夫婦はどこで寝たのだ? 寝る場所がなかったのではないのか?」


「寝る場所など……どこかに作ればいいのだ」


「いや、ならば、村はずれにある宿屋にノスヤ様をご案内しよう」


村長はゆっくりと俺に視線を向ける。宿屋を紹介してやってもいいが、この恩を忘れないでくれよ……? と言いたげな様子だ。ティーエンは不安そうな表情を浮かべながら、俺と村長を交互に見比べている。村長はそんな彼に一瞬視線を向けたが、すぐに俺に向き直り、言葉を続けた。


「恐れ入りますが、差し支えなければ、この村の宿屋……ええ、冒険者が主に泊っておりまして、貴族様をお泊めする程の格式はございませんが、そちらでよければご案内いたします。いかがでございましょうか?」


俺はふと自分の襟元に視線を移す。そこには確かに、何かの紋章が刻まれた金のバッヂが光っていた。これは、高そうだ。


俺は再び村長に視線を向け、ゆっくりと口を開いた。


「ありがとうございます。ですが、それは必要ありません。一人で、ここで暮らしていきますので」


俺の言葉を聞いて、村長とティーエンの眼が点になった。

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