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第七十六話 延長戦

ほどなくして、馬車の準備ができたとの知らせがあり、公爵はうむと大きく頷いた。彼はそのまま帰るのかと思いきや、再び俺に視線を向けた。


「それにしても不思議なものじゃ。国中の畑が壊滅状態になっておるというに、何故この村は豊作だったのか……。我が国には多くの街や村があるが、豊作であったのは、わずか5つの村だけじゃ。何か、特別なことをしたのか?」


「これはおそらく、ではありますが、この度の不作は、自然的なことではなく、人為的になされたものであると考えておりますじゃ」


ハウオウルの言葉に、公爵の目が見開かれる。


「公爵殿もご存知かも知れぬが、種まきの時期にこの村に雑草が生えぬ薬を売りに来た者がおりました。村長はその薬を購入して自らの畑に撒いた。すると、収穫のときになって、彼の者のジャガイモ畑は壊滅しておりましたのじゃ」


「何と……そのようなことが……」


「おそらく、そうした怪しげな薬が国中にバラ撒かれていたのではないかと思われますのじゃ。王都に戻られましたら、そのことについて、お調べになられてはどうかの?」


「うむ、そうさせてもらおう。だが、にもかかわらず、この村は豊作だった……つまりは、その怪しげな薬を使わなかった……そういうことか?」


「ええ。村長が俺に売りつけてきたのが、あまりに高額だったために、買わなかったというのが正直なところです」


俺のその言葉に、公爵は爆笑している。


「ウワッハッハッハ! 貧窮なるがゆえの豊作というわけか! 何とも皮肉な話じゃな」


そう言うと公爵は、乗ってきた豪華な馬車に乗り込んだ。そして、その馬車を、食糧を満載した荷台を兵士たちが乗った馬がゆっくりと曳いて行った。おそらくあの荷台には食料が適当に積み込まれている。バランス的に大丈夫だろうか……そんなことをついつい考えてしまう。


それを見送った後、兄のシーズは自分の馬車に乗っている馭者に、しばらく出発が遅れると話をしに行った。その後姿を見送りながら俺は大きなため息をつく。


「延長戦か……聞いてないよ」


「ご領主」


ハウオウルがニコニコとした笑みを浮かべている。何でそんなに笑顔になれるのか、俺は不思議そうな表情を浮かべながら彼の顔を眺める。


「いや、うまく公爵を追い返しましたぞい。重畳重畳。まさかご領主が餅菓子があると言ってしまったのにはちょっと驚いてしまったがの」


「え? 俺、そんなこと言いました? それに、公爵が言っていた餅菓子……というのは、何のことです?」


ハウオウルは驚いた表情を見せたかと思うと、呵々大笑した。


「ファッハッハッハ! まさかご領主はご存じなかったのかの? そりゃエライことじゃ! ファッハッハッハッハ!」


「何がそんなに可笑しいのです!?」


「……そうか、ご領主は知らんかったのか。あの、公爵が餅菓子はないのかと尋ねられたときに、ご領主は首を左に少し傾けたじゃろう? あれは貴族の間ではある、という意味になる。兄のシーズ殿が寝室に向かったのは、もしやと思ったからじゃよ」


「その餅菓子というのは、まさか……」


「ああそうじゃ。女性のことじゃよ。ちなみに、かた餅というのは、生娘のことじゃな」


「……何というタイミングだ。それにしても、貴族というのは、人の屋敷に押しかけてきて女性までも求めるものなのですか?」


「いや、あの公爵が好色すぎるのじゃ。通常はよほど気を許した間柄でなければあんな話を出ぬものじゃが、あの公爵の好色ぶりは有名でな。ここに来るまでの間は女はおらんかったじゃろう。それで、もしやと思って聞いたのじゃろうな」


「で、俺がいますよ、と」


「じゃが、幸か不幸か、あのお嬢ちゃんは公爵の好みではなかった。あの男は、あんな顔をしているくせに女性の好みはうるさいのじゃよ。確か、胸は大きいのが好きじゃが、全くないのも好きという変わり者でな。中途半端に胸のある女性は好みではないのじゃよ」


「先生……よくそんなことを知っていますね」


「フオッフオッフオッ。長いこと生きておれば、知りたくもないことも知ってしまうものなのじゃよ」


「……二人とも、何を話しているんだい?」


ハウオウルと話をしていると、兄のシーズが戻ってきた。相変わらず顔は笑っているが、目は笑っていない。彼は俺たちの様子を眺めながら、表情を変えることなく、まずは中で話そうかと言ってくる。いや、俺の屋敷なんだがな……。


屋敷に入ると、レークたちがキッチンで洗い物をしていた。女性たちはシーズの顔を見てギョッとした表情を浮かべたが、兄はそんな彼女たちを気遣って、そのままと言い、私もすぐに帰りますからと言って洗い物を続けさせた。その言葉通り、俺としては早く帰って欲しいものなのだが。


「さてと」


ダイニングのテーブルの椅子に腰を下ろしたシーズを見て、俺たちも腰を下ろす。彼は俺に視線を向けながら、優しげな声で話しかけてきた。


「あの泣き虫ノスヤが、まさかここまでになるとは……」


「ほう、このご領主が泣き虫だったとは……意外じゃな。差支えなければ、このご領主の幼い頃のことをお聞かせいただけませんかの?」


ナイスなパスだ! 俺も本物のノスヤ君がどんな人だったのか、実は興味があったのだ。クレイリーファラーズに聞いても、何だかよくわからない答えが返ってくるのみで、どうやら彼女は魂の抜けた男を見つけただけで、その男のバックグラウンドについては、ほとんど把握していなかったようだ。そういうこともあって、俺はこのノスヤという男、ひいてはユーティン家について知りたいと思っていた所だったのだ。


俺は、ゴクリと唾を飲み込みながら、目の前に座る兄の言葉に耳を傾けた。

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