第七十四話 お食事会②
ようやく二人の食事が終わった。公爵はよほど腹が減っていたのだろう。から揚げをやたらと褒めるので、お代わりを勧めたら、そいつもペロリと平らげた。しかも、タンラの実とソメスの実も兄の分をじっと横目で見ていて、それに気を使った兄がどうぞと勧めると、それもペロリと平らげたのだ。さすがに全部を食べることはしなかったが、それぞれ1個ずつしか残さなかったのは、人としてどうなのだろう? 他人の皿の料理をいただくというのも、俺としてはちょっと目につく振る舞いだ。
一方で、その公爵の横で兄は淡々と料理を口に運んでいた。何といってもこの兄の食べる遅さには閉口した。料理を口に運ぶごとにナプキンを口に当てる。これも作法の一つなのだろうか。
「うん、とても美味しかった。ノスヤ、ありがとう」
「うむ、我も満足じゃ」
二人してお褒めの言葉をいただいた。酒もなく、ただ単に料理だけを出したのだが、何とか満足してくれたようだ。
「ところで、収穫物の運び込みはどうじゃな?」
「わかりました、ちょっと見て参ります」
そう言って兄は席を立って屋敷の外に出ていった。公爵はひとり、俺の屋敷を珍しそうに眺めていたが、やがて視線を俺に向け、おもむろに口を開いた。
「貴殿が抱いておるその仔竜……どなたかに、献上するのかな?」
公爵の言葉の意味がわかったのだろう。ワオンは俺の胸に顔をうずめて、さらに抱き付いてきている。俺も彼女をギュッと抱きしめる。
「いいや、公爵殿。この仔竜はご領主、ノスヤ様以外の人間には懐きませんですじゃ」
ハウオウルが目を細めながら俺たちを見ている。
「いや、今はそうかも知れぬが、数年経ってその仔竜が成長すれば、状況も変わろう」
「そうですな……。もしかすると、他の人間には懐くかもしれませぬが、今は何とも言えませぬな。この仔竜はご領主の与えた餌しか食べませぬからな。それに……公爵殿もご存じの通り、仔竜を育てるのはかなり難しい。成竜になる前に大抵が死んでしまいますですじゃ。公爵殿のお心はわからぬではないが、今、その話をしたところで、せんのないことじゃ」
「とはいえ……」
「いや、考えてもみなされ。この仔竜が成長した暁には公爵殿に献上しますと約束したとしなされ。もし、公爵殿に懐かなかった場合はどうされるおつもりじゃな?」
「う……それは……」
「最悪の場合、公爵殿はこの仔竜にかみ殺される可能性すらありますぞ? それに、献上された仔竜がもし死んでしまったらどうなさる? 王都の貴族たちのいい物笑いの種になりはせぬじゃろうか?」
「う……いや……ご老人、戯言じゃよ。何も儂はその仔竜を献上せよと言っているわけではない。どなたかに献上することを考えているのかと聞いたのじゃ。別にその気持ちがないならないで、よいのじゃ」
「左様でしたか。年を取ると早とちりが多くなりますからな。お許しくだされ」
「フフフ、年寄りの冷や水はよくあることじゃ。気になされるな。儂も、今はないが、いずれはそうなるであろう」
「そうですな。公爵殿はまだお若い。早とちりなどまだされるお年ではありませんな。そういえば、もうご存知かとは思うが、王都のフラッペ公爵殿……確か、御年89歳におなり遊ばしたと思うが、あのお方が二日前のお昼頃に、ご家族に見守られながら、静~かに……」
「なっ!? お亡くなりあそばしたか!」
「いや、お昼を召し上がっていたと聞き及びました。……死んだ? 誰が? ……公爵殿も少し、お年を召されたようじゃな」
満面の笑みを湛えるハウオウルと苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる公爵。俺は心の中でざまあみろと公爵を罵っていた。先生、ナイスプレーです!
そんなことを話していると、兄のシーズが戻ってきた。
「荷物の積み込みにはまだ少し時間がかかるようです。少なくともあと30分少々はかかると思われます。持ち帰る食料が予想を超えておりますので……」
そんなことを言いながら兄は俺に視線向け、ニコリと微笑んだ。その報告を受けた公爵は腕組みをしながら考え事をしていたが、やがて腕を下ろし、再び俺に視線を向けた。
「つかぬことを聞くが、餅菓子、もしくはかた餅は用意しておるのか?」
「公爵様……」
公爵の言葉に、兄は呆れたような表情を浮かべながら、小刻みに顔を左右に振っている。俺は公爵の言っている意味が分からず、呆然と二人を眺めていたが、やがて、兄のシーズと目が合った。俺は首を少し傾けて、何言ってんだコイツ? 意味わかんねぇよ、というゼスチャーをする。だが兄は何を勘違いしたのか、彼も俺と同じようなゼスチャーをしたのかと思うと、ゆっくりと屋敷を見廻し始めた。そして、立ち上がるとゆっくりと俺の寝室に向かって歩き始めた。
「領主の寝室は、ここかい?」
傍に控えていたヴィヴィトさんに、彼は鷹揚に尋ねる。予想外のことにヴィヴィトさんは目をキョロキョロさせながら、コクコクと頷いている。それを見た兄は振り返り、俺に視線を向けた。
「あの……ちょっと、何を……」
「餅があるのか?」
頓狂な声を上げて公爵が立ち上がり、大股で兄の許に歩いていく。まさか俺の寝室に入る気だろうか。それはいけない。その扉だけは開けてはいけない。俺はワオンを抱っこしたまま立ち上がり、足早に彼らの許に向かう。
「そこはあけ……」
必死で声を絞り出したが、一歩遅かった。兄は俺の寝室の扉を開けてしまっていた。そこには、ベッドの上で後ろ手に縛られ、猿轡をかまされた、クレイリーファラーズの姿があった……。