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第七十二話 勅命の解釈

「……今、何と言われたかの? この村のすべての食糧、そう聞こえたのは、儂の勘違いかの?」


ハウオウルがとぼけた表情で尋ねている。公爵は彼に一瞥をくれ、再び手に持っていた勅書を広げ、高らかに読み上げた。


「ラッツ村領主である、ノスヤ・ユーティンに命ずる。この村にある全ての食料を、速やかに勅使たるウイン・エミィー・フォーマット公爵に引き渡すべきこと。リリレイス王国国王、ローム・ユーザ・リリレイス」


公爵は勅書を丁寧に折りたたみ、そして、俺たちに視線を向けた。


「と、いうことである」


「フォッフォッフォッ」


「……何が可笑しいのだ?」


勅使たち一行との間に、ちょっとした緊張が走る。俺はその間に入っていくことができず、固唾を呑んでその行方を見守る。そんな中、ハウオウルがゆっくりと口を開く。


「国王陛下ともあろうお方が、無茶なご命令を下される」


「無茶な命令であろうとなかろうと、これは勅命である。王の臣下たるノスヤ・ユーティンは速やかに勅命に従い、この村の……何だ?」


公爵がちょっとイラッとした表情でハウオウルを見ている。彼は両手で公爵の話を制しているところだった。


「まあまあ。公爵殿、考えてもみなされ。この村の食料すべてを持っていかれたら、この村の民は飢え死ぬしかなくなりますぞ? この国の国王陛下は、何の罪もない民に死ねと言われるのか? それが真実であるのであれば、とんでもない暴君ということになりますぞ? ……いやいや、待ちなされ。何も国王陛下がそうであるとは言っておらん。先に承った勅命、あれはおそらく、この村で獲れる1年分にあたる食料……という意味ではないのかな? そういう意味であろう? そういう意味であるとしておきなされ。それは貴殿たちのためでもある」


「我らのため? 一体どういう意味じゃ?」


ハウオウルはニッコリと笑うと、手に持っていた杖をスッと水平に構えた。その先には、眼下に広がる畑と村の様子があった。


「今から村にある食料を全て集めるとなると、村人から相当な抵抗があるじゃろう。見たところお前さん方は、兵士を入れても10名少々……。その勅命を執行するには少なすぎる手勢じゃな。おそらく村人には勝てんじゃろうて」


「そ……そんなことはない!」


「そうかの? 村人だけならまだしも、下手をすればギルドも敵に回すことになるかもしれんのじゃぞ?」


「ギルドが? 何故じゃ!」


「考えてもみなされ。冒険者の後ろ盾になっておるのがギルドじゃ。その冒険者の多くが滞在するこの村で、無理やり食料が奪われたとなると、冒険者自身も飢えることになる。ギルドで働く人々も然りじゃ。そうなると、ギルドも必死でお前さんたちを止めようとするじゃろうな」


「儂に? 儂はただの……」


「勅使だと言いたいのかの? 残念ながらそんな言い訳は通じぬの。勅使であれば、何故、多くの民が路頭に迷い、餓死するような命令を唯々諾々として持ってきたのか。なぜ、そのような勅命が発せられるのを止めさせなかったのか。その責任は公爵殿、お前さんにもあると思われるのじゃぞい?」


「う、う、う」


「そして、その勅命を額面通りに受け取り、執行すれば、さらにえらいことになる可能性があるのじゃぞ?」


「な、何?」


「ほれ、ご領主が抱えておられる生き物を見られい」


公爵は俺に視線を向け、上から下まで舐めまわすようにして眺めている。正直、気持ち悪い。


「あれは……犬ではなかったのか?」


「ほれ、背中をごらんなされ。羽根が付いておるじゃろう。あれは仔竜じゃ」


「仔竜!? まさか……」


「仔竜じゃ。ご領主は仔竜を傍に置いておられるのじゃ。この村の食料が無くなれば、その仔竜も飢えることになる。その仔がもし、死んでしまって、それを母竜が知ったら……この国は間違いなく母竜によって、阿鼻叫喚の地獄絵図にされてしまうじゃろうな」


「ぐっ……」


「よろしい!」


狼狽ぶりを隠そうともしない公爵に対して、兄貴であるシーズが淡々と口を開いていた。その表情は一切変わることがなく、むしろそれがある種の不気味さを醸し出していた。


「ご老人の言われることはもっともです。確かに、勅命どおりに命令を遂行すると、我らの損害が甚大なものになりかねませんね。ただ、我らも子供の使いで来ているわけではありません。私としても、ユーティン子爵家の未来がかかっておりますので、このまま空手で帰るわけにはいきません。先ほどご老人は、一年分の収穫量と言われた。当然その程度の量、もしくはそれに準ずるだけの収穫物が用意できていると解釈して、よろしいでしょうか?」


ハウオウルはゆっくりと振り返り、俺に向かって小さく頷いた。


「もちろんです。案内しますので、付いてきてください」


俺が向かったのは、屋敷の地下にある倉庫だ。その扉を開けると、そこには所狭しと様々な収穫物が収められていた。チラリと振り返ると、公爵も兄も、目を丸くして驚いている。


「ラッツ村での一年分……にあたる食料です。どうぞ、このすべてをお持ち帰りいただいて結構です」


公爵はゆっくりと倉庫に入って来て、珍しそうな表情を浮かべながら、倉庫の食料を眺めている。


「ううむ。この村が豊作であるとは聞いていたが、まさかこれほどとは……。よかろう。この収穫物を受け取ろうではないか。皆の者! これらを速やかに運びだせ! そして、すぐに王都に運ぶのだ!」


兵士たちがドヤドヤと倉庫の中に入ってくる。食料の運び出しは彼らに任せておけばよいとのことで、俺たちは一旦外に出た。すると、どこから用意したのかは知らないが、大きな荷馬車が屋敷の前に止められていた。俺はその光景に驚きつつも、ハウルオウルに近づき、小声で彼に話しかける。


「先生、この後はどうすれば……」


「兵士たちが食料を運んでいるときに、公爵たちに食事を振舞いなされ。兵士たちへはその余りものをまとめてやればよい」


「わかりました……」


そう言って俺は、公爵と兄の許に向かって歩き出した。

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