第七十一話 勅使
屋敷の外に出て、空を見上げる。そこには燦々と輝く太陽があり、そして、抜けるような青空だった。雲一つない快晴。俺はそれを見ながらゆっくりと息を吐き出す。そのとき、屋敷のある丘の下に、先程の二人の男たちの姿が見えた。彼らは馬に乗ったまま丘を登ってくると、俺の姿を見つけて、大声で話しかけてきた。
「ノスヤ殿、準備はよろしいか? 間もなく公がお見えになります!」
「よろしくお頼みいたします!」
そう言って彼らは踵を返して、丘を降りていった。俺はもう一度ため息をつきながら屋敷の中に入った。
「間もなく来るそうです。急ぎましょうか」
俺の目の前には、キッチンで二人の女性、すなわち、ドニスとクーペの奥さんが必死でから揚げを揚げている。そして、すぐ隣のダイニングでは、ヴィヴィトさんの奥さんとレークが出来上がった料理を盛りつけていた。
「もうそのくらいでいいでしょう。皆さんは俺の合図があるまで部屋で待機していてください」
バタバタと皆が二階の部屋に移動していく。そのとき、背後で俺を呼ぶ声がする。
「ご領主……」
「先生」
声をかけていたのは、ハウオウルだ。俺は勅使が来ると聞いた後、すぐに彼を呼びに行った。そのついでにベイガの店に行き、そこに居合わせた二人とその奥さんたちに手伝ってほしいとお願いして、屋敷に連れてきたのだ。
事情を聴いたハウオウルの指示は的確だった。まず彼はここに来るであろう勅使の人数を聞き、即座に30人前の食事を作るよう指示した。品数は5品。サラダとデザートとパン、そしてメインの料理2種類を作ればよいとのことだったが、何しろそれぞれが30人前なのだ。それはそれは大変だった。サラダについてはヴィヴィトさんの奥さんとレークが担当することにし、ヴィヴィトさんとドニス、クーペの三人は総出で村のパン屋に走り、パンを買い占めてきた。デザートは少なめでよいが、豪華にする方がよいとのことで、あまり出したくはなかったが、タンラの実10個とソメスの実10個を出すことにした。問題はメインの料理だったが、それは、肉をたっぷり入れた野菜炒めとから揚げを出すことに決めた。国内の食料が不足している、とりわけ野菜類が全滅に近いという噂を聞いたため、この料理を作ることに決めたのだ。肉は、鶏肉が大量にあったので、それを全部揚げることにした。揚げ物は奥さんたちに任せて、俺はひたすら野菜炒めを作った。お蔭で腕がパンパンに張ってしまい、限界近くになってしまった。
「ご領主、アンタは必要なこと以外は喋らんでええ。ワシの方で上手く運ぶ。いきなりの訪問じゃ、こんな感じで十分じゃろ。あ、ちょっと臭いがついておるな。どれ、それだけは取っておくことにしようかの」
そう言って彼はクリーンの魔法を唱える。部屋の油の臭いが消え、何となく部屋全体もきれいになった気がする。俺は彼に礼を言いつつ、ワオンの姿を探す。彼女は部屋の隅で小さくなって俺たちの様子を窺っていた。おそらく、俺たちの雰囲気を察して、これからただならぬことが起こるだろうというのがわかっているようだ。
「ワオン、おいで」
俺が手招きをすると、彼女は小走りに俺の許にやってきた。その彼女を俺はゆっくりと抱き上げる。
「きゅぅぅぅぅ……」
「心配しなくていい。お前はどこにもやらない。ちょっと今日は俺の側に居て欲しいんだ。大人しくしていてくれればいいからな」
「んきゅ」
俺はワオンを抱っこして、外に出ていった。
見ると、丘の下から二台の馬車がこちらに向かってやってきているのが見えた。その前方には先ほどの二人の従者が先導している。馬車の後ろには馬に乗った兵士8名が従っている。よく見ると、馬車の一台がやたらと豪華だ。おそらくあれに勅使が乗っているのだろう。
そんなことを考えていると、二台の馬車は俺とハウオウルの目の前までやってきた。
二人の従者と兵士たちが整列し、馬車の前に道を作る。そして、従者がクルリと俺たちに向きを変え、甲高い声で奇声を上げる。
「ご勅使、フォーマット公爵様、ご到着~ぅ」
その声を合図として、豪華な馬車の扉が開かれる。そして、その中から小太りの初老の男が降りてきた。続いて、その隣の馬車の扉が開かれ、のほほんとした、いかにも鷹揚だと言わんばかりの男が降りてきた。これが、俺の兄貴に当たる人なのだろう。
二人はキョロキョロと辺りを見廻し、息を大きく吸い込んで深呼吸を始めた。そして、勅使と思われる男が、満足げに頷きながら口を開く。
「おう、おおう、ここは悪臭がせぬな」
「左様でございますね。久しぶりに美味しい空気を吸った心持ちが致します」
二人は顔を見合わせながら笑みを交わしている。そして、二人はそろって俺の許に歩いて来た。
「フォーマット公、シーズ様、お待ちしておりました。私は、ノスヤ様の護衛を勤めておりますハウオウルと申します。以後、お見知りおきくだされ」
「ハウオウル?」
公爵が不思議そうな表情を浮かべる。その様子をハウオウルはにこやかな表情で眺めている。
「ノスヤ様の護衛を勤めながら、魔法を教えております年寄りでございます。……さて、本日は突然のお越し、一体何用あってこの村へ?」
「ふむ、そのことじゃよ。我は、国王陛下の勅命を携えるものである」
公爵の言葉に、ハウオウル以下、全員が頭を下げる。俺も一応、頭を下げておく。彼はフム、と声を漏らすと、懐から一通の紙を取り出し、それを広げて、ゆっくりと読み始めた。
「ラッツ村領主である、ノスヤ・ユーティンに命ずる。この村にある全ての食料を、速やかに勅使たるウイン・エミィー・フォーマット公爵に引き渡すべきこと。リリレイス王国国王、ローム・ユーザ・リリレイス」
……え? お前、今、何て言った?




