第七話 村長
ティーエンの家から歩くこと10分。石造りの大きな家が見えてきた。
「ごめんよ」
ティーエンはノックをすることなく、いきなり扉を開けて家の中に入っていく。この世界ではもしかすると、ノックをして家に入るという習慣はないのかもしれない。そんなことを思っていると、パタパタと頭の上から足音がする。何だと思って音のする方向に視線を向けてみると、そこには、小走りに階段を降りてくる女の子の姿があった。
何とも変わった家だ。入り口の両脇に、壁伝いに階段が伸びていて二階に上がることができるようになっている。一体どういうつもりでこんな家を建てたのだろうと思っていると、階段から女の子がピョンと跳ねるようにして、俺たちの許にやってきた。
「ティーエン様、いらっしゃいませ」
「レーク、クレド殿はおいでかな?」
「はい、いらっしゃいます! ご案内します!」
まだ小学生くらいだろうか。幼いがとても元気のある女の子だ。だが、ふと見ると、彼女の頭の上に、何やら大きな耳が付いていることに気が付いた。
「獣人!?」
あの、ラノベとかでよく出てくる、アレだ。まさか、コスプレでもしているのだろうか。そんなことを考えている俺に、ティーエンはちょっと驚いたような顔をしながら話しかけてきた。
「初めて……ご覧になるのですか?」
「あ……いや、何度かは」
「レークは猫獣人ですね。この家で下働きをしているのです」
マジかー。この世界、獣人がいるのか。正直言って、キライじゃない。できれば……あの耳、モフモフしてみたいな……。
そんなことを考えていると、ネコミミ少女が大きな扉の前で立ち止まる。彼女はトントンと扉をノックして、元気な声で口を開く。
「村長様、ティーエン様がお見えになりました」
「……お通ししなさい」
まるで昔のドラ〇モンのようなだみ声が、部屋の中から聞こえてきた。少女は勢いよく扉を開け、どうぞ、と俺たちを中に通してくれた。
中にいた村長は、小柄で、丸々と太った、いかにも村長です! という雰囲気を漂わせた男だった。彼はティーエンに軽く会釈をした後、俺に視線を移し、まるで舐めるかのように目を上下に動かして、値踏みをするかのような態度を見せた。
「クレド殿、忙しいところにすまないな」
「なぁに、別に忙しくはない。ところで、そのお方は?」
表情は優しい笑みを讃えているが、その言葉の端々に、厄介者を連れて来たのではないだろうなという感情が読み取れる。俺は子供の頃から、こうしたことには敏感に感じ取れるのだ。
ティーエンは一瞬俺に視線を向けたが、すぐに村長に向き直り、落ち着いた声で話しかける。
「こちらのお方は、ユーティン子爵家の五男、ノスヤ・ヒーム・ユーティン様です」
「ユーティン子爵家の……お方? 貴族の方がなぜこの村に?」
「この度、このノスヤ様はこの村に別家を立てられたのだそうです」
「そんな話は……村長たる私は、聞いておらんぞ……」
完全に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、口をあんぐりと開けている村長。俺がここに居るということ自体、考えられないといったような顔つきだ。一体この世界での貴族の位置づけというのは、どんなものなのだろうか? それに、ユーティン子爵家というのはどんな家だろうか。わからないことだらけなので、どう振舞っていいのか、ちょっと悩む。
「そうですか。やはり村長の許にも何も知らせは届いておりませんか……」
ティーエンはため息をつきながら、俺を保護したときのことを話し始めた。とは言っても、俺が昨日聞いた話と同じ内容だったので、何も目新しいものはなかったのだが。村長はその話を大きく頷きながら聞いている。そして、話が終わると、腕を組み、目を閉じて考え込んでしまった。
「カスケードの森に動きがあったのかもしれんな」
「まさか……」
「うむ。森の奥に高ランクの魔物が出現したのやもしれん。それで、それまで森の奥深くに住んでいた魔物が、森の出口近くまで出て来ているのやもしれぬな。我々が使うあの道は、ほとんど魔物は出ない。出たとしても、大人であれば楽に狩れるものばかりだ。こちらの……ノスヤ様がお見えになるのであれば、必ずユーティン家から何らかの連絡があるはずだ。しかし、それがなく、さらにお一人で森の中に倒れていたとなると……。使者が森の中で襲われ、そして、ご本人と従者も襲われたと考えるのが妥当だな」
村長は厳しい顔つきのまま俺に視線を向ける。そして、先程とは打って変わって恭しい態度で俺に話しかけてきた。
「この度は誠にお気の毒さまでした。恐れ入りますが、あなた様がユーティン家のお身内であるという証をお見せいただけませんか。ご無礼ではありますが、これも役目でございます。何卒ご理解くださいませ」
「ええと……」
俺は思わずティーエンを見る。彼は俺を目が合うと、そばに寄って来て、「失礼」と呟くと、俺の着ているジャケットをゆっくりとはだけ、内ポケットの中から一枚の紙をつまみ出した。どうやらこれが、命令書と俺の身分を証明するものらしい。俺は彼からそれを受け取り、無造作に村長に差し出す。彼は目をしばたかせながら、それをじっと見つめている。そして、スッと顔を上げて俺に視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとうございます。確かに確認いたしました。それでは……ご案内いたしましょう」
そう言って彼はスタスタと部屋を出ていってしまった。ティーエンが一緒にいきましょうと目配せをしてくる。俺は黙って頷き、村長の後を追った。