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第六十九話 ぐっじょぶ!

「あなたがたは……」


俺の前に現れた男たちを、一瞬思い出せなかった。どなたですか? という言葉を飲み込みながら記憶を辿ると、割合に早くこの二人のことを思い出すことができた。


「確か、昨日ベイガさんと一緒にいた方ですよね?」


二人は同じタイミングで頭を下げる。何だか見ていてちょっと不気味だ。


「で、どうされました?」


「ご領主様の昨日のお話を……」


「ああ、わかりました。ところで……ベイガさんの姿が見えませんが……」


「親方は……さっき、村を出ていきました」


「はあっ?」


聞けば彼らは、昨日の夜遅くまでこれから先のことを話し合っていたのだという。ドニスとクーペと名乗る二人は幼なじみで、ベイガは修行していた店の兄弟子だったのだそうだ。


この三人は、王都で最も歴史のある酒屋で出会った。当然そこでの酒造りは厳格で、徹底的に吟味された材料とこだわりぬいた製法で、国王への献上が許されるほどの店だったのだそうだ。そうした店であるため、当然、職人たちに求められるスキルは高い。だがこの三人は、そうした厳しい世界に付いて行くことはできず、兄弟子であるベイガの誘いで、ドニスとクーペは店を飛び出してしまった。


この国で酒を造ることは容易ではない。奉公先の主人、つまり、酒屋の店主が認めるか、さもなければ、その国の国王、もしくは領主が認めて初めて年に2度開かれるという王国主催の品評会への参加が認められる。そこで自分の造る酒が認められて初めて、酒造りが許される。この三人は酒場を開き、許可を得ていないにもかかわらず酒を製造し、販売していた。本来ならば国外追放になってもおかしくない重罪なのだ。ちなみに、酒を売ること自体は違法ではない。買ってきた酒を自分の酒場で売るのは問題ないのだが、元々この国の酒はかなり高い。それを店で売るのだ。自ずと料金は高くなる。庶民にとって酒は、かなりの高級品なのだ。


そうした意味で、ベイガの店は安く酒が飲めるということで、酒好きたちから絶大な支持を受けた。だが、怪しげな薬品を混ぜた粗悪な酒であるために、客の中には体調が悪くなるなど、健康を崩す者もいたのだという。


「厳しい酒造りが嫌で逃げ出した俺たちだったのですが、俺たちの造る酒で不幸になる人がいて……辞めなきゃなと思いながらも、やっぱり生活のためになかなか辞めることができずに、ズルズルとここまで来てしまいました」


「でも昨日、領主様が美味い酒を造るのであれば、税も相談に乗るし、その……酒を造るために必要なものを買うための金も相談に乗ってくれるっていう話を聞いて、もう一度、本式の酒を造りたいと思ったんです」


「で、親方と相談したのですが、あの人は嫌だの一点張りで……。楽に酒を造って、楽に儲けられるから今の商売をしていると……」


「で、結局、この村を出て、別の町で今のような商売をやると言って、さっさと出ていってしまったというわけで……」


二人の話を聞きながら、俺は大きなため息をつく。


「で、お二人は、美味しいお酒を造りたいと、こう言うのですね?」


「はい……カミさんとも相談したところ、是非そうしろと言われまして……」


「何? 二人とも……奥さんがいるんだ?」


全く予想していなかったために、思わず声が裏返ってしまう。そのとき、俺の肩がポンと叩かれた。驚いて振り向くと、そこにはクレイリーファラーズの姿があった。


「ぐっじょぶ!」


彼女は俺に親指を立てながら、ニヤリと下品な笑みを浮かべている。一体、何を考えているんだ、この天巫女?


俺の驚きをよそに彼女は、スタスタとドニスとクーペの前に進み出た。


「よくぞ決断しました! エライ! じゃあ早速、シェラント造りに入りましょうか! まずは、ジャガイモが必要なのですね? それで? ほかに必要な物は? ……何が必要なのかまとめてこなかったのですか? 本当にお酒を造る気があるのですか? まずは、何が必要か、紙に書き出してください。当然、お酒造りにかかるお金もきちんと計算してくださいね? そして、お酒を造るのにどのくらいの期間が必要なのか、それも教えてください。あなた方は、魔力はどのくらいありますか? 一日にどのくらいのお酒が造れますか? いや、その前に味です。まずはお酒を造ってもらって……ええ、今の技術でできる範囲で構いません。まずはお酒を造ってみましょう。詳しいことはそれから決めてもいいですね。まずは、お酒を造るのに必要な物とお金、それを教えてください。……明日の朝までです!」


まくし立てるだけまくし立てて、彼女は二人を追い出すようにして帰らせてしまった。すごすごと帰っていく男たちの後姿を、仁王立ちで腕を組みながら見送るクレイリーファラーズは、どう見ても、オッサン以外の何物でもなかった。


「……いきなりテンションが上がりましたね。何があったんです?」


「何を言っているのです!」


クワッと目を見開きながら振り返ったその顔は、実に不気味だった。だが彼女は先ほどの勢い其のままに言葉を続けた。


「シェラントがこの村でできるかもしれないのですよ? あのお酒がこの村で……これが喜ばずにいられますか! あの二人はまだまだ甘いわ。私がキッチリ監督して、最高のシェラントを造りださせて見せるわ!」


「まあ、美味しいお酒ができるに越したことはありませんが……。でも、ジャガイモからお酒ができるのであれば、麦やサツマイモからもお酒ができませんかね? 確か、焼酎にイモと麦があったような……」


そこまで言うと、いきなりクレイリーファラーズがガッツポーズを見せだした。


「あなた、いいこと言うではありませんか! おイモからお酒は……できるかもしれないわ! あのおイモの風味のお酒……それを飲みながらおイモを食べる……何という幸せ……山盛りのフライドポテト……。ぐっじょぶ! ぐっじょぶですよぉぉぉぉぉ!!」


……おそらく、彼女は華麗にくるくると回りながらその喜びを表現しているのだろう。だが、どう見ても怪しげな踊りを踊っている風にしか見えない。何か良からぬものを召喚するんじゃないか。そんな恐怖感さえ覚えるような動きだ。


「あの二人がお酒を造れば、24時間365日タダでお酒が飲めるのです。楽しみだわ~本当に、楽しみだわ~」


あまりにトチ狂った考えに、俺はしばらくの間、何も言うことができなかった……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり主人公はクレイリーファラーズに(色んな意味で)支えられているじゃないか もっと優しくしてやれよ
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