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第六十八話 帰りたい、でも、帰れない

結局、クレイリーファラーズにはオヤツ抜き二週間を言い渡した。勘違いしないでもらいたいのは、俺が彼女のオヤツを二週間作らないのであって、彼女自身がオヤツを作る分には全く問題はない。別に、イモ金時を作るもよし、大学芋を作るもよし。小豆もたくさんあるから、ぜんざいを作るのもいいだろう。ちょっと手間がかかるが、おはぎを拵えるのもいい。そんなことを考えていると、あんこが食べたくなってきた。今日はひとつ、ぜんざいでも作ってみようか?


「うえ~ん」


そんなことを考えていると、女性の鳴き声が聞こえる。言うまでもなく、クレイリーファラーズだ。彼女はテーブルの椅子に腰を下ろしたまま、先程から手で目を隠すようにして俯いている。


「……涙が出ていませんね?」


「……チッ、出ないわね。……ねえ、私のために、オヤツを作った方がいいと思いますよ、ノスヤ君?」


「断固として、断る」


「うえ~ん」


恐ろしく泣きまねが下手だ。むしろ、構ってほしいオーラが全開でイライラする。これはおそらく、もうすぐやって来るであろうヴィヴィトさん夫婦に備えてのデモンストレーションだろう。あの二人は優しいので、きっと労わってくれるはずだ。


案の定、二人はクレイリーファラーズによかっただの、たいへんだったわねだのと優しい言葉をかけている。彼女もそれに甘えまくっている。二人の前では、猫を被っているために、その本性はバレていない。猫を被るのなら、被り通してほしいものだ。


そんな様子を横目で見ながら、俺はレークと向き合う。彼女は初めて見る服を着ていた。聞けば、ここに来る前にヴィヴィトさん夫婦が村で買ってくれたのだという。


「その……いろいろと、ありがとうございました。このご恩は、必ずお返しいたします」


何か強い決意を宿した目で、彼女は俺を見つめている。そんな様子を見ながら俺はゆっくりと口を開く。


「体調は……よくなってきているみたいだね。よかった。さて、今後のことだけれども、できれば君を親元に帰してあげたいと思っているんだ。いや、村長が納める税の代わりと言ったのは、君をあの男たちに渡してしまうのが心配だったから言っただけだ。別に村長から税を無理に取る気はないんだ。聞けば君は奴隷として村長の許に売られたんだろう? だったら、もう村長はいないんだ。君も、村長に義理立てする必要はないだろう?」


俺はじっと彼女の顔を見る。レークの頬にはまだ、蒼い痣が出来ている。聞けばこれは、ほぼ間違いなく誰かに足蹴にされたためにできた痣だという。この子の状況から考えると、村長に顔を蹴られたという可能性が極めて高い。こんな年端も行かない子供の顔を蹴るのは、まともな大人のすることではない。


そんな俺の気持ちを察してか、レークは黙って俯いている。俺は彼女に構わず、話を続ける。


「と、いうことで、できれば君を親元に帰してあげたいと思ったんだ」


「ありがたいお話ですが……」


レークは再び凛とした目で俺を見つめている。


「私は、家には帰れません。帰りたくないというと……嘘になりますが……。でも、家には借金があります。父も母も一生懸命働いていますけれど、なかなか返すことができません。今年は特に不作だったと聞きます。そこに私が帰っても、邪魔になるだけです。私の代わりに、弟か妹が働きに出なければいけません。私にはお金がいるのです。ですから、奴隷のままで結構ですから、私をここで働かせてください。お願いします」


そう言って彼女は、深々と頭を下げた。


俺はしばらく無言のまま考える。そして、彼女がこの家で働くことを認めた。俺は彼女に少し待つように言って自分の部屋に入り、机の中から紙を取り出し、そこにレークを村長の代わりに預かる……といった内容を認めた。そしてさらに、もう一通の手紙を認めた。


「待たせたな」


そう言って俺は彼女のまえに座る。そして、今書き上げた二通の手紙を彼女の前に差し出す。


「この手紙は、レーク、お前のご両親に宛てた手紙だ。これを両親の許に送ってくれ。そして、もう一通の方だが、これは、せっかく手紙を届けるのだ。ついでにお使いを頼まれてくれないか。村の宿屋は知っているな? そこに奴隷商人のカーリーがいるはずだ。……そうだ、髭面の男だ。そいつにこの手紙を渡してほしいんだ。そうだな、先にカーリーの所に行ってくれるかい?」


レークはキョトンとした表情を浮かべていたが、やがて、わかりましたと言って、立ち上がった。俺は手紙の送り賃を渡し、彼女はそれを手に握り締めて屋敷を出ていった。しばらくして、戻ってきた彼女は、戸惑いの表情を浮かべていた。


「あの……カーリー様にお手紙を持っていきましたら、お前、手紙を送るんだろうと言われまして……俺が持って行ってやると言われました。お代金を渡そうとしましたが、いいと言われて、どうしても受け取っていただけませんでした」


「そうか。なかなかいいヤツじゃないか。そのお金は……今日のお駄賃だ。とっておけ。気にすることはない。お前は働いてくれたんだ。働いてくれたらきちんとお金は払う。取っておいてくれ」


レークは申し訳なさそうに頭を下げた。


彼女の屋敷での奉公は、また後日決めることにした。なにしろ、顔に痣がある。これが消えるまでは屋敷に置くべきではないと判断したのだ。というのも、これから、勅使と共に本家の兄貴がやって来る。そのときにレークの顔の痣を見られて、痛くもない腹を探られるのが面倒くさいと思ったのだ。


レークは再び、ヴィヴィトさん夫婦と共に帰っていった。だが、その三人と入れ替わるようにして、屋敷に二人の男が現れた。俺は、その男たちの顔に、どこか見覚えがあった……。

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