第六十四話 また、ややこしくなる!?
しばらくすると、ヴィヴィトさん夫婦がやってきた。俺は二人にレークのことを話し、しばらくはここで静養させると伝えた。二人ともレークのことはよく知っており、その話を聞くと奥さんはすぐさま俺の部屋に入り、号泣しながらレークとの再会を喜んでいた。一方の彼女も、二人の姿を見て再び涙を流していた。俺は彼女のことをくれぐれもよろしく頼むと話して、屋敷を出た。
まず、向かった先は、ティーエンのところだ。この夫婦もレークのことを心配していたので、無事に保護したことを伝えてあげたかったのだ。行ってみると、ティーエンは留守だったが、奥さんのルカにそのことを伝える。彼女もレークが保護されたことに涙を流して喜んでいた。すぐに亭主に知らせますというルカに、いつでも屋敷に来てくださいと言って、俺は村に向かった。
その途中、ふと村長の家が気になったので、足を向けてみる。そして、そこに着いた俺は、あまりの光景に絶句してしまった。……そこはすでに、廃墟になっていたのだ。
打ち壊された扉、破られた窓……。以前からは想像もつかない荒れ様だった。まだ、村長が居なくなってから一週間もたっていない。たったこれだけの期間で、あれだけ掃除が行き届いていた家が、このような幽霊屋敷になるのだ。俺はちょっとした吐き気を覚えた。
おそらく、密造酒の店主たちが押し入った後、村人の誰かが押し入ったのだろう。いや、あの店主が再びこの家に来たのかもしれない。そこには、単に屋敷を物色しただけではない、ある種の村長への憎しみがぶつけられているかのような、そんな雰囲気に包まれていた。
俺は無言で踵を返して、村に向かって歩き出す。まず向かったのは、八百屋のギビッドさんのところだ。いつものように昼食を受け取り、村の様子を聞いた。今のところは落ち着いているとのことだったが、村長の家のことを聞くと、彼は口を閉ざした。彼自身が村長の家に行ってはいないようだが、誰があそこに行ったのかは知っているようだ。だが、俺は敢えて無理に聞き出そうとはせず、これからも無理を言うかもしれないですが、よろしくと伝える。彼は飛び上がらんばかりに驚いて、私にできることであれば……と言って頭を下げた。ついでに、彼にもレークを保護していると伝え、今後は彼女の分も増えるかもしれないと伝えておいた。
その後、畑の様子を確認し、村の様子を見ながら俺は屋敷に帰る。クレイリーファラーズはどこにもいなかった。一体どこに行ったのか? 直感的に村から出ていないことはわかる。あの天巫女は最悪、どこでも生きてはいけるだろうが、依存心の塊のような女性だ。オヤツを取り上げられたくらいでこの村から出ていくわけはない。まあ、お腹がすいたら帰ってくるだろう。最悪の場合は、ギルドに捜索願を出せば見つかるだろう……。そんなことを考えながら、俺は屋敷へと戻った。
中に入ると、ティーエン夫婦がいた。彼は木こりの作業中に来たのか、部屋の扉の前に、大きな斧が置かれていた。彼はそれを詫びながら、レークが無事でよかったと何度も俺に繰り返した。
聞けば、ヴィヴィトさん夫婦の代わりに、俺が戻ってくるまで待っていてくれたそうだ。さすがにレークを一人にするのは心配だったとのことで、俺は二人に丁寧に礼を言い、せっかくだから今夜は夕食をご馳走しましょうと提案する。二人はお気遣いなくと遠慮していたが、クレイリーファラーズがいないこともあり、レークの世話は女性がした方がいいだろうというティーエンの言葉もあって、二人は夜まで屋敷にいることになった。
せっかくだからというので、ヴィヴィトさん夫婦も呼ぶことにして、俺は再び屋敷を後にした。二人にその話をしたところ、恐縮しながら礼を言われてしまった。あとで聞いたが、この世界で貴族が民に食事を振舞うなど、余程の慶事……例えば、戦争に勝利したり、領主に祝い事があったりする、それくらいのことがあって、ようやく貴族から心ばかりの配りものがあるくらいなのだという。まあそれは貴族と言っても本家や上流階級の人々のことであって、俺はそんな形式的なことはどうでもいいと考えている。俺の関心は、いかに平和にここで暮らすかだ。そのためには、村人たちの協力が不可欠だ。そのためには、彼らに好かれる領主でなくてはいけない。別に媚を売る必要はないが、彼らとの信頼関係は不可欠だと俺は思っているのだ。
ヴィヴィトさん夫婦の家から帰ってきた俺は、早速夕食の準備にかかる。ルカが手伝いましょうと言ってくれたが、彼女にはレークの様子を見て欲しいとお願いした。ティーエンはルカの様子を見つつ、ワオンをじっと見つめている。ワオンも彼を不思議そうに見つめていたが、やがてキッチンにやって来て、俺が料理している姿を興味深そうに見ていた。
この日のメニューは、以前と同じになるが、焼き鳥だ。ちょうど、いい鶏肉が手に入っていたので、サラダと焼き鳥、からあげと、そのついでに鳥の皮をカリカリになるまで揚げて、鳥皮チップスをつくってみた。ヴィヴィトさん夫婦のようにお年寄りには油が強いかとも思ったが、二人とも全く問題なく、美味しい美味しいと言って食べてくれた。ワオンも大喜びで食べている。さらに、レークには鶏肉を入れた鳥雑炊を拵えてみた。彼女は目を丸くして驚いていたが、やがてスプーンでそれを掬い、口に持っていこうとして、不意にその手を止めた。
「あの……クレイリーファラーズさんが……私が先にいただいては……」
「あー、うん。そうだな……」
クレイリーファラーズはまだ帰って来ていなかった。もう少しすれば帰ってくるだろうと言おうとしたそのとき、玄関の扉が激しくノックされる音が響き渡った。一体何事かと思っていると、扉が乱暴に開かれ、三人の男たちが入ってきた。
「領主様、ちょいとお話があってまいりました」
「あなた方は……確か……村長の家で……」
俺がそこまで言うと、男の一人が両手で俺を制するようにして、口を開いた。
「おおっと、話があるのは俺たちじゃねぇんで……。親方、どうぞ」
しばらくすると、もう一人の男がゆっくりと屋敷に入ってきた。
「ごめんよ」
何とその男は、密造酒を売っていた店の店主だった。そしてさらに俺たちは、彼が抱えているものを見て言葉を失った。
彼の肩には、グッタリとうなだれたクレイリーファラーズの姿があった……。




