第五十八話 そもそも論
屋敷に戻った俺は早速、クレイリーファラーズにレークの捜索をお願いする。彼女は面倒くさそうな表情を浮かべながら、大きなため息をついていたが、それはいつものことだ。
「村長の奴隷でしょう? 放っておけばいいじゃないですか?」
「いや、何だか胸騒ぎがするんです。スズメでもハトでも構いませんから、この辺一帯を探してもらえませんか?」
「探してどうするのです?」
「どうするって……」
「まさか、この屋敷で面倒を見ようなんて思っていないでしょうね?」
「……ほう、なるほど、その手があったか」
「は?」
「あの子は、村長の屋敷で何度か見かけましたが、よく働く、元気のいい女の子だという印象があります。もし、彼女がこの屋敷に居てくれるなら、炊事、洗濯、掃除……いろんなことをしてくれそうですね。今はヴィヴィトさんたちが大抵のことをやってくれますが、お二方ともお年ですから。ここらで新しい人を入れるのも悪くないかもしれません。さすがクレイリーファラーズさん、ナイスアイデアです」
「……やめましょう、そんなこと」
「え? どうして?」
「キャラが被るじゃないですか」
「何だって?」
「あの猫獣人の子は私も知っていますけれど、どちらかと言うと、かわいらしい系の女子ではありませんか。私とキャラが被ってしまいます」
「ごめんなさい? アナタは、ご自身を、かわいらしい系…そう仰るので?」
「……何か反論でも?」
「……強気ですね」
「どういう意味です?」
険悪な空気になってきた。彼女の顔面に正拳突きを食らわせたい衝動に駆られるが、何とか抑え込むことにする。むしろ、彼女が嫌がっていることを無理やりさせる方が、効き目があるだろう。そう判断した俺は、再び彼女にレークの捜索を説得する。
「いや、村の森の中で幼い女の子が亡くなっていました……なんてことになったら、何だかイヤじゃないですか。別に、村長と共に旅に出たのならそれでいいのです。ですが、あの村長です。面倒くさくなって、あの子を森の中に置き去りにする……そんな予感がするのです。この予感が外れるとは信じていますけれど、念のために、ね? 神様の、側に仕える、天巫女なら、放ってはおけない、こ、と、で、す、よ、ね?」
「……チッ」
舌打ちしやがった。このバカ天巫女。あきれ返る俺を横目に彼女は、面倒くさそうに立ち上がり、外に出ていった。そして、何度か口笛を吹いて鳥を使役する。
きっと俺のイヤな予感は杞憂に終わるだろうと思っていたが、その予想に反して、森の中で猫獣人らしき少女が座り込んでいると報告があったのは、それから数時間後のことだった。一人で居るようだが、どうやら生きてはいるらしい。そこは村から10㎞近く離れた所であり、その報告を受けて俺はすぐさまその場所に向かおうとした。
「え? まさか、今から行くのですか?」
「そうしないと、あの子が死んでしまいます。雨も降っていますし、夜になると寒くなりますから。今から行けば、陽が落ちる頃には見つけられるでしょう。ギルドに依頼を出すのがいいのでしょうが、それだと時間がかかりすぎますから」
クレイリーファラーズはポカンと口を開けて俺の話を聞いていたが、やがて小さな声で呟いた。
「馬車で行けばいいのに……」
「馬車ぁ?」
「雨に濡れないし、早く行けますのに、どうして歩いて行くなどと……。ギルドの隣に馬小屋があったでしょう? あそこで馬が借りられるのですよ? 当然馬車も借りられますよね? 馬車ありましたよね?」
「……それくらい知っていますよ。ですがこれ、そもそも論になりますけれど、俺は馬が操れません。それとも、あなたが馬車を操るとでも?」
「え? それは……」
クレイリーファラーズの視線がゆっくりと俺から外れていく。これは何か後ろめたいことがあるときに見せる仕草だ。
「馬車、お願いしていいですか? もちろんタダでとは言いません。そうですね……最近上手に作れた、おイモのスープを作りましょう。それに、おイモの天ぷらをどっさりと作りましょう。いかがですか?」
「……もう一声」
「……ジャガイモを細長く切って、フライドポテトをどっさりと」
「いいでしょう。それで手を打ちましょう」
一切表情を変えないが、彼女の口元がピクピクと動いている。これは嬉しさを隠しているときに見せる表情だ。俺は彼女に早速馬車を手配してもらうようにお願いし、それを受けてクレイリーファラーズは、いそいそと屋敷を出ていった。
「にゅー」
俺たちが出かけるのを察したのか、ワオンが俺の足元にやって来た。彼女は屋敷に置いていくつもりだったが、よく考えるとそれはそれで寂しいだろう。ちょっと迷ったが、馬車で行くということもあり、特に問題はないだろうと判断して、一緒に連れて行くことにする。俺は彼女を抱っこして、神の手を携えて外に出た。しばらく待っていると、クレイリーファラーズが馬車で、御者台の上で器用に馬を操りながら現れた。よく見ると、きちんとカッパのような雨具を着込んでいる。
「さあ、早く行きましょう! こんなことは早く終わらせて、おイモを食べましょう!」
その言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべながら、足早に屋敷から伸びる坂を下っていった。




