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第五十七話 胸騒ぎ

翌日、ラッツ村には雨が降った。俺はその様子を、屋敷の窓からぼんやりと眺めていた。


正直、こんなにぼんやりしている暇はないのだが、考えることが多すぎて、しばしの現実逃避が必要なのだ。


村長が消えてから三日、未だに彼の行方はわからない。おそらくすでに村を出たのだろう。彼はもう、この村には帰ってこない気がする。あと三日待ってみて帰ってこなければ、村長はいないと判断すると、心の中で決意する。そうなればそうなったで、彼の農地をどうするのかを考えなければならない。加えて、村長の家から掠奪を行った密造酒を売る店主たちの動きも気になるところだ。彼らがこのまま引き下がるとは思えない。


なぜ、彼らが掠奪に走ったのか。それはクレイリーファラーズが詳しく解説してくれた。


彼らは村長の畑で獲れたジャガイモを利用して、酒を造っていたのだそうだ。ジャガイモから酒が作れるとは知らなかったが、クレイリーファラーズ曰く、丁寧に作ると、とても美味しいお酒になるのだそうだ。ただ、この店で作る酒は、そうした丁寧な工程を踏まず、アルコールに似た液体を使って作られている。味や香りは本物には及ぶべくもないが、酒が貴重品であるこの世界で、お手軽な金額で飲めるために、一部の村の男たちや冒険者たちからは絶大な支持を集めていたのだ。


そうしたこともあり、店主たちにとっては、村長のジャガイモは彼らのメシの種になっていた。村長からは、市場で売られている価格より、かなり低い金額でジャガイモを仕入れる一方で、店から上がる売り上げの一部を村長に支払う……そういう図式になっていたのだという。村長がやけに裕福だったのは、そこに理由があったのだ。だが、よく考えれば見事な図式で、互いがウインウインの関係になっている。しかし、これは村長のジャガイモがあったればこそ成り立つ図式であって、その収穫がゼロになった今、彼らが掠奪に走る理由もわかる気がする。そもそもジャガイモがなければ店が成り立たず、今のままでは生活がままならない。そうなれば、金目の物を奪いにいこうと考えてもおかしくはない。


「……とはいえ、それを認めるわけには、いかんよね」


俺は窓の外に視線を向けながら、誰に言うともなく呟く。


「にゅー」


俺の様子に心配したのか、ワオンが不思議そうな顔をして、俺を見つめている。俺は彼女を抱っこしてその頭をなでながら、テーブルの椅子に座る。しばらくすると、昨日、村長の畑の様子を見に行ってくれていた人々が、俺の屋敷にやってきた。


幸いにして、俺が火魔法で焼いた畑には、ジャガイモはほとんど残っていなかったのだそうだ。一部に焼け残ったものもあったそうだが、その数は微々たるもので、彼らは不思議なこともあるものだといいながらも、皆一様に安心した表情を浮かべていた。俺は彼らに、ご苦労ながら、焼け残ったジャガイモについては、地中深く穴を掘って埋めるよう指示を出し、彼らに報酬のお金を与えた。皆、驚いていたが、働いてもらった分の礼はしなければならない。あの広大な村長の畑を丹念に調べてくれたのだ。相当の労力だったことは容易に想像がつく。緊急事態とはいえ、そんな重労働を文句ひとつ言うことなくやってくれた彼らの働きには、出来るだけ報いてあげたいのだ。


昼過ぎになると、今度はハウオウルがやってきた。相変わらずニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながら、彼はゆっくりと俺が勧めた椅子に腰を下ろす。


「この雨のお蔭かな。昨日までの悪臭が嘘のように消えておるぞい」


「ああ、それはよかったです」


「ところでご領主、あの、村長の畑はどうするつもりじゃ?」


「そうですね……」


「あの男はもうこの村には戻って来んじゃろう。あの家と、畑をどうするのかを早めに考えた方がええな」


「そうですね」


そんなことを言いながら俺は、村長の家をどうするのかをぼんやりと考えていた。そのときふと、村長の家にいた獣人の少女のことを思い出した。


「そう言えば、村長の家に獣人の女の子がいましたね? あの子はどうしたのでしょうね?」


「獣人の女の子? おったかの?」


ハウオウルは首をかしげている。彼が知らないのも無理もない。村長の家に入ったことはないだろうし、そもそも、あの少女を村で見かけたことは皆無と言ってよかった。俺は取るものも取りあえず、ティーエンの家に向かう。雨の日は大抵、彼は家にいることが多いのだ。


俺の突然の来訪に驚きながらも、ティーエンは丁重に招き入れてくれた。そして、あの少女のことを聞くと、彼は腕組をしながら天を仰いだ。


「レークですか……。そういえばこのところ姿を見ませんね……。昨日、村長の家を見に行きましたが、家の中は何もありませんでした。うむむむむ……」


「村長と一緒に付いていったのでしょうか?」


俺のその言葉に、ティーエンはゆっくりと俺に視線を戻し、大きなため息をついた。


「レークは奴隷です。クレド殿があの子を連れて行っている可能性はありますね。村の者でレークを預かっているというのは、今のところ聞いたことがありませんから。ただ……」


「ただ、何です?」


「どうやらクレド殿はかなり慌ててこの村から出ていった様子ですから、あの子がクレド殿に付いて行けるか、少々心配です。はぐれなければよいのですが……」


ティーエンのその言葉に、俺は、何だか良からぬことが起こりそうな胸騒ぎを覚えていた……。

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