第五十六話 掠奪
「離せ、この野郎!」
「何を言いやがる、これは俺のだ!」
二人の男たちが、取っ組み合いのけんかをしている。彼らが取り合っているのは、何やら美しい装飾が施された高価そうな箱だった。一体何事かと思っていると、二人は俺に気が付き、一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、やがて目を伏せながら、そくさとその場を後にしていった。
ふと見ると、村長の家に通じる道が見える。俺は胸騒ぎを覚えて、その道に歩を進めた。そして、しばらく歩くと、さらに驚きの光景を目にした。
……村長の家が襲われていたのだ。十数人の男たちが、掠奪をしている。
こういう光景はテレビでは見たことはあるが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。男たちは大声で叫びながら、村長の家から壺だの、敷物だのを奪い合っている。掃除が行き届いていた家は、ドアが壊され、窓が破られて、とんでもない状態だ。あまりのことに俺は言葉を失い、その場に立ち尽くす。
「い……一体、何事じゃ……」
俺の後ろでハウオウルが言葉を絞り出している。だが、俺は彼を振り返る余裕はない。目の前の光景に釘付けになってしまっていた。
「……清らかなる水よ、天より注ぎ給え。我が頭上に、天の恩恵を降らせ給え」
そんな呪文が聞こえたと思った直後、俺の周囲にスコールのような雨が降ってきた。いきなりのことで、ずぶ濡れになったが、よく見ると掠奪していた男たちの動きも止まっている。そんな中、ハウオウルが村長の家に向けて足早に歩き出す。
「お前さんら、一体何をしておるのじゃ!」
老魔導士の甲高い声が響き渡る。先ほどの雨で頭を冷やしたのか、男たちはポカンとした表情で固まっている。
「うるせぇ! 邪魔をするんじゃねぇ!」
突然野太い男の声が響き渡った。その主はゆっくりと家から姿を現した。よく見るとそれは、密造酒を販売している店の店主だった。酔っているのか、真っ赤な顔をして、目が完全に据わっている。
「消えろジジイ! お前ぇには関係ねぇ!」
ハウオウルはしばらく店主の顔を睨んでいたが、やがてゆっくりと振り返り、俺に視線を向けた。その様子を見て、店主も俺に気が付いたようで、彼は忌々しそうな表情を浮かべながら、チッと舌打ちをしている。
「貴族様が、一体何の用だ?」
……怖い。完全に俺に殺意を持っている。どうしよう? そんなことを思いながらブルっていると、ハウオウルがゆっくりと頷く。何かあれば俺を守るということなのだろう。この人のスキルはかなり高い。きっと十分に俺を守ってくれるだろうと思った俺は、勇気を出して口を開く。
「……一体、何をしているのですか? 見たところ、村長の家が襲われているようですが?」
「アンタにゃ、関係ねぇことだ!」
「……若いの、ご領主様じゃぞ? きちんと説明した方が、ええと思うがの?」
ハウオウルが落ち着いた声でフォローを入れてくれる。彼は目を見開いて老魔導士を睨みつけていたが、やがて、その表情を崩さぬまま俺に視線を向けた。
「約束の給金を払ってくれねぇから、取りに来たまでだ」
聞けば彼らは、村長の畑で収穫されるジャガイモの一部を受け取る約束をしていたらしい。だが、畑は壊滅してしまっていて、それどころではない。村長に掛け合おうにも、行方不明になっている。それならば、金目の物を取りに行こうとここに来たのだという。
「確かに、村長の姿を見かけませんが、だからと言っていきなり彼の家から掠奪するというのは、乱暴すぎませんか?」
「ヘッ、貴族様はどこまでメデタク出来ていやがんのかね! アイツはもうここには帰ってこないぜ? 金目のものは粗方運び出しちまって、ここには残っていねぇんだ。アンタみたいな能天気なことを言っていると、取れるものも取れなくなっちまうんだ。いいか? わかったかい、領主様?」
「わかりませんね」
「ああん?」
「村長の家の物は村長の物です。たとえ、約束の物が手に入らなかったといって、あなたが勝手に村長の家から物を盗み出していいわけはありません。まずは、この家から取ったものを一旦、返してください。この件は一旦、私が預かります」
「預かるだぁ? じゃあ何か? 領主様が村長の代わりに品物をくれるってのかい!」
「いい加減にせぬか!」
ハウオウルの鋭い声が響き渡る。彼はそこにいた男たち一人一人に視線を向けながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「ご領主の仰ることはもっともじゃ。このままではお前さんたちは盗賊と同じじゃぞ? ギルドの討伐の対象となるじゃろう。ご領主は事を荒立てず、お前さん方の話を聞こうと言っておいでなのじゃ。どうしてもそれが聞かれぬというのであれば、遠慮なく討伐させてもらうぞい。その前に、これ以上ご領主に暴言を吐くのならば、儂が相手になるぞい!」
ボッという音と共に、彼の持つ杖の先端に炎が纏わりついた。その様子に、男たちはたじろいでいる。店主は、赤い顔をさらに紅潮させたが、やがて手に持っていた高価そうな布を地面に叩きつけ、足早に去っていった。男たちも、手にしていたものを置いて、彼の後を追うように去っていった。
俺たちの目の前には、廃墟が残るのみとなっていた。




