第五十三話 下衆の勘繰り
結局、村長の畑のジャガイモは全滅だった。
全てのジャガイモを掘り起こしたわけではないが、畑の土に手を当て、土魔法を発動してみたところ、この土はいわゆる病気に侵されている状態であることが分かったのだ。大量の魔力を注いで、地平線の彼方まで広がるこのジャガイモ畑を鑑定してみたが、結果は同じだった。一体どのくらいのジャガイモがダメになったのか、想像もつかない。
当面の問題は、この大量のジャガイモから発生する臭いだ。これから先は、さらに臭いが強くなることは容易に想像できる。掘り出したジャガイモは、ハウオウルに焼いてもらったが、それでも、臭いを完全に消すことはできなかった。
俺は一旦、集まった村人たちを家に帰るよう命じ、俺の許可が出るまで、この畑に近づくことを禁じた。まあ、これだけ臭い畑なのだ、喜んで近づこうとする変態はいないだろうが。
村長の姿を探したが、彼はいつの間にか姿を消していた。俺はティーエンに、村長も、俺の許可が出るまでこの畑に近づくことを禁じると伝えてくれと頼み、急いで屋敷に帰った。
「自業自得ですよね」
無表情でクレイリーファラーズが呟く。確かにその通りなのだが、まずはこの臭いを何とかすることが先決だ。彼女にはヴィーニの中に、臭いを消すことができるものはないかと聞いて見たが、そのようなものはないという。そんな話をしていると、ハウオウルが訪ねてきた。
「ご領主、えらいことになったの」
「ええ。これからどうしたものか、ちょっと困っています」
「あの、臭いじゃな」
「はい。全てのジャガイモを焼却するか、氷漬けにするか、それとも、地中深く穴を掘って埋めてしまうかのどれかですね」
「最も効率的であるのは、地中に穴を掘って埋めることじゃろうな。じゃが、穴を掘る前に、あのジャガイモを収穫せねばならん。確か、村長の畑の収穫は……」
「確か、村人総出で十日くらいかかっていたと思います」
「十日か……十日間もあの臭いと付き合うのは、骨じゃな」
「おそらくこれからもっと臭いはキツくなると思います。ここ2、3日中に処理しないと、村がえらいことになります」
「そうじゃな……あの臭いは、体に悪そうじゃ。じゃが、あの広い畑じゃ。収穫するにしても人手が足りんし、儂の火魔法で焼き切るにしても、限度というものがあるでの。バリクザイトが撃てれば話は変わってくるのじゃがの」
「バリクザイト?」
「天から炎の隕石を降らせる、火魔法の中でも究極の魔法じゃ」
「先生は、それは……」
「使えるわけはなかろう。1000年前に大魔導士、ヘル・ミレファーレが使ったという伝説があるが、それ以降は誰も習得した者はおらぬ」
「はあ……」
「ともあれ、あのジャガイモは、焼き切ってしまった方がよさそうじゃな。氷漬けも悪くはないが、一旦水魔法で凍らせる手間があるでな。それに、魔法使いであれば、火魔法を得意としておる者が多いでな。今からでも遅くはないから、ギルドにクエストを出しなされ」
「冒険者が、来ますかね?」
「何もせんよりは、ええじゃろう」
ハウオウルは、儂がクエストを出してやると言ってくれる。魔法使いを集めるにあたっては、注意するべき点がいくつかあるのだという。その点を教えていては時間がかかる。そのため、自分が行こうと言ってくれたのだ。俺は全てを彼に任せることにして、ギルドへの対応をお願いしたのだった。
「それにしても、こんなことって起こりうるのか?」
ハウオウルを見送ってすぐ、俺は口を開く。
「起こるわけないでしょ。あんな広い畑が全滅するなんて聞いたことがないです。あ、洪水で畑が流されたとか、嵐でグチャグチャになったという話はよく聞きますけれど」
「……やっぱり、あの肥料か?」
「あっ、確かに」
「ただ、途中まではちゃんと育っていたんだ。それが、収穫のときになってあんなことになるなんて……」
「肥料じゃなくて、毒薬だったかもしれませんね」
「毒薬!?」
「だってそうでしょう。雑草も生えず、害虫も寄りつかず……なんて都合のいい肥料があるとは思えません。きっと、作物を腐らせる毒だったのですよ」
「一体何のために?」
「嫌がらせ……にしては、手が込んでいますね。あの村長に相当恨みがあるのか、それとも……この国を亡ぼそうとしているのか……」
「どういうことです?」
「いえ、軍勢を動かして攻めるよりも、こうして国の作物が収穫できないようにしてしまえば、自ずとその国は滅ぶな~と今、思ったのですよ。だって、食べ物が無くなるのですから。人間は食べ物がないと死んでしまいますからね。私たちのように、神の食事を持っているわけではありませんから」
「農業……テロ、か?」
「ただ、それには、この広い王国全土に仕掛ける必要があります。それには膨大な人間が必要になりますし、その毒を大量に作らなくてはいけませんから、ちょっと現実的ではありませんね。忘れてください。下衆の勘繰りです」
俺は大きなため息をつきながら、ゆっくりと立ち上がる。
「と……なれば、これから先、エライことになりそうですね。だが、その前に、あのジャガイモを何とかしないと……」
「いえ、あくまで私の想像ですから……」
俺は片手を挙げて、彼女の言葉を遮り、そして、首を振りながらゆっくりと口を開く。
「下衆の勘繰りは、当るって言うじゃないですか……」




