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第五十二話 大事件の幕開け

ラッツ村にいる全員がそこに集まっていた。村人は言うに及ばず、冒険者、ギルド職員、そして、貴族であり、領主である俺……。全員が無言でその場に立ち尽くしていた。


俺たちの目の前に一面に広がるのは、見渡す限りのジャガイモ畑だった。そこからは、えも言われぬ悪臭が立ち込めている。そう、例えるなら、硫黄臭。温泉なんかで嗅いだことのあるあの臭いだ。それがかなりの濃度で立ち込めていて、鼻で息をするのが苦痛になってくる。


異変に気が付いたのは今朝のことだった。朝食を食べていると、この硫黄臭が漂ってきたのだ。てっきり俺は、テーブルの上のハンモックで寝ているクレイリーファラーズがオナラをしたと思った。一体何を食べたんだと思いつつ食事をしていると、彼女もこの異臭に気付いたらしく、のそのそと起き出してきた。


「ちょっと、あなたのオナラ、臭いですよ!」


「それはこっちのセリフです。人のせいにしないでくださいよ」


「私、オナラなんてしていませんよ、失礼ですね」


「俺だって」


そんな会話を交わしていると、その臭いが少しずつ強くなってきた。何事かと思って外に出てみると、ちょうとティーエンがやってくるところだった。


「ノスヤ様!」


「ティーエンさん、おはようございます。もしかして、この、臭いのことですか?」


「ええ。実はこの臭いはどうやら、南側の畑から発生しているようなのです」


「南側の畑……って、もしかして、村長の?」


俺は取るものも取りあえず、彼と共に村長の畑に向かう。するとそこは既に、黒山の人だかりになっていた。


「こっ……これは……」


思わずそんな言葉が口をついたが、そこから先は言葉を失い、絶句してしまった。何と、畑が真っ黒になっていたのだ。


例年だと、収穫直前の畑は、ジャガイモの茎が変色して、全体的に白っぽい色になっているのだが、それとは明らかに違う。それに、この異臭。この畑に何かがあったのは誰の目にも明らかだった。


畑には、この臭いの元を確かめようと次から次へと人々が集まってきた。そして、誰もがこの光景を見て絶句する。そんな中、俺はこの畑の持ち主である村長の姿を探す。だが、彼の姿は見当たらない。


「村長は……どこに居ますか?」


俺の問いに答える者は誰も居ない。俺はティーエンに目配せをして、その場を離れて歩き出す。すると、タイミングよく村長が数人の村人を伴ってこちらにやってきた。


「どけっ! どいてくれ! どいてくれっ!」


怒りのような、焦りのような、何とも言えない表情を浮かべたまま、彼は人ごみの中をかき分けて入っていく。そして、しばらく畑を眺めていたが、やがて踵を返して、畑を取り囲んでいる村人たちに向き直り、早口でまくし立てる。


「皆も見ても分かるように、私の畑がこのような有様だ。この臭いもおそらくは、畑の中のジャガイモのものだろう。皆、すぐに収穫にかかってもらいたい。このままでは畑のすべてのジャガイモがダメになるかもしれん。一つでも多くのジャガイモを守るのだ。すぐに、すぐにかかってくれい!」


彼は村人を見廻しながら声を荒げていたが、やがて俺に気が付いたらしく、村長は俺をガン見しながら、さらに言葉を続ける。


「領主様、あなたの畑を耕している者たちも、私にお貸し願いたい。一刻を争うときですからな。この畑の収穫高が少なくなればなるほど、あなた様に納める税は少なくなるのです。これは、あなた様のためでもあるのです。そして、この村以外の方も、収穫を手伝ってもらいたい。礼はきちんとするつもりだ。だから、早く、早く、早く、収穫をしてもらいたい。収穫をするのだ。収穫だ! 何をしているのだ! すぐに収穫をするのだ!」


目を血走らせながら村長は絶叫している。そこには、これまで俺たちに見せていた余裕のある笑顔は欠片もなかった。あまりの光景に、集まった人々は息を呑んでいる。そんな中、村長の畑を耕していた村人たちがオロオロと畑に入っていった。俺は、周囲の人々に、もし、気が向くのであれば収穫を手伝ってあげて欲しいと伝える。その声を受けて、ティーエンが、俺たちも手伝おうと声をかけながら畑の中に入っていった。その彼に促されるようにして、村人たちも次々と畑に入っていく。


収穫されたジャガイモはどれも真っ黒に変色していた。中には茶色い汁が漏れているものもあった。そして、そのどれもが異臭を放っている。村長は異臭に苦しみながら収穫する村人たちの姿を無言で凝視し続けていた。目の前にどんどん積まれていく黒いジャガイモには目もくれず、ひたすら畑に視線を向け続ける。


収穫が進むにしたがって、悪臭が濃くなっていく。俺はその臭いに耐え切れず、村長に大声で呼びかけた。


「収穫を中止しましょう!」


だが、彼は俺の声が聞こえないのか、全く反応がない。何度か呼びかけてみたものの反応がないために、俺は畑の村人たちに大声で命令を下した。


「皆さん、収穫を中止してください! 中止してください!」


「無用です。続けてください!」


村長の声が聞こえるが、俺は構わず言葉を続ける。


「中止です! 皆さん、中止してください! 中止ィ~!」


俺の声が届いた人々から徐々に収穫の手を止め、俺の許に帰ってくる。俺は、その彼らに対してさらに言葉を続ける。


「皆さん、どなたかご苦労ですが、宿屋にハウオウル先生が居るはずです。あの方を呼んできてください。他の方は、申し訳ありませんが、収穫したジャガイモを一か所に集めてください。そこで、ハウオウル先生に魔法で燃やしていただきます」


「勝手なことをするな!」


絶叫にも似た声がする。驚いてその声の方向に視線を移すと、そこには村長が顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。


「まるで、この、ジャガイモが、腐っているような、ものの言い方を、しないでいただきたい!」


彼は大股で積み上げられている、真っ黒いジャガイモの所に向かう。そして、その一つを手に取り、何の躊躇もなくそれに噛り付いた。


「ウエッ! ペッペッペッ!」


彼は、恥も外聞もなく、噛り付いたジャガイモを吐き出していた。その光景を見ながら俺は、ハウオウルを呼ぶよう小声で周囲の人々に、命じるのだった。

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