表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/396

第五十一話 商人のメシのタネ

よく晴れた秋晴れのこの日、俺にとって三度目の収穫が始まった。もう既に皆、何をするべきなのかはわかっていて、とても効率的に、順調に収穫作業は進んでいく。


心配された害虫の被害もほとんどない。スズメをはじめとした鳥たちのお蔭もあって、春のときのような凄惨な状況にはならず、むしろ、例年以上の豊作となっていた。屋敷の庭に積み上げられた作物の山、山、山……。思わず俺は、村人が無理をして収穫物を多めに収めているのではと疑ったくらいだ。その理由は、俺は、彼らの借金を肩代わりしている。その恩返しなのかな……などと思ってしまったのだ。


当然その予想は大きく外れ、村人たちも、自分たちの家には入りきれない程の作物があるのだという。当然それらは換金されるので、彼らの懐も潤う。一瞬、これほどの作物がとれてしまったからには、市場価格が下落してしまうのではと不安になったが、御用商人のオウトは一切そんなことはなく、むしろ、少し高めの値段で買い取ってくれたのだった。


聞けば、今年はどこも軒並み不作で、この村のように大豊作になっている地域は皆無なのだという。オウトとしては、これから冬を迎えるにあたって、国内では食料品が例年より少なくなる可能性が高いと予想しており、彼としてはより多くの食料を手に入れておきたいと考えているようだ。


「そんな情報を、俺に教えてしまっていいのですか?」


そんな質問をする俺に、オウトはニコリと微笑む。


「今年が不作であることは、遅かれ早かれノスヤ様のお耳に入ることです。そのときに、私一人が儲けに走ったとお分かりになれば、私はあなた様の信用を失います。そうなれば、来年の取引が危うくなります。我ら商人は信用が第一です。信用を損ねることだけは、致したくございません」


彼は真剣な眼差しで口を開いている。その様子を見て俺は、直感的にこの人は信用に足る人だと確信した。彼の言葉に大きく頷く俺に、オウトは再び笑顔に戻る。


「言うなれば、我らは信用をお金に換えているのです。そんな浅ましい者ですが、どうぞ今後ともご贔屓にお願いいたします」


「いいえ、信用をお金に換えるというのは、真実を突いていると思います。俺も、領民たちとの信頼関係がないと、こうして領主の顔はできませんから。俺も、信頼でこの地位を得ています」


そんな俺の言葉にオウトは意外そうな表情を浮かべる。


「不思議なお方ですね」


「そうですか?」


「なかなか私の考えを理解していただける方は、商人仲間でもいないのですが……。まさか貴族様にご理解いただけるとは……」


「いえ、本当に、そうなのです。古来、貴族が非業の死を遂げるのは、信頼関係がなかったことが原因だったと思っているのです。ですから、ここに来たときから、領民との信頼関係を作ることに心を砕いていました。オウトさんは、どのようにして信頼関係を作るのですか?」


「それは……私の商売のタネでございますよ?」


彼はいつものにこやかな笑みを浮かべながら、ちょっと考える素振りをしていたが、再び俺に視線を向け、ゆっくりと口を開く。


「……他ならぬノスヤ様です。よろしい、お教えしましょう。人から信頼を得る方法はいくつかありますが、まず一番大切なことは、服装です」


「服装……ですか?」


「ええ、これは経験上から言えることなのですが、たとえお金がなくとも、お金を持っているような服装をした方がいい。そうすると、人は安心するのです」


「ほう」


「例えば、お屋敷に、お金を持っていそうな、明るく上品な服装をしたお方と、ボロボロの格好をしたお方がいたとします。どちらかと言うと、ボロボロの格好をした方が気になりませんか?」


「そうですね。大丈夫かなと思います」


「そこなのですよ。ノスヤ様に大丈夫かなと思わせているのです。不安感を与えているのです。そうなると、お屋敷の中を歩かれると、例えばお手洗いに行くにしても、付いていこうかなという気になるのです。逆に、上品な格好をされていますと、別段お屋敷の中を歩かれても、不安感は感じません。この不安感を感じない、言い換えますと、安心感を与えるというのが大切なのです」


「……そんなものですかね?」


「あくまで私の経験上の話ですので、絶対ではございません。あとは……苦しさを人に見せないことでしょうか」


「あ、それは、何だかわかる気がします」


「商人たる私が、商売が苦しいという表情を見せてしまうと……」


「大丈夫かな? と思ってしまいますよね」


「その通りです」


俺たちは笑みを交わし合う。これはいいことを聞いた。まさか、こんなことを教えてくれるとは思いも寄らず、感激してしまった俺は、この冬に獲れるであろうソメスの実を10個、彼に売ることを約束したのだった。


「……なるほど、こうやってあなたはまた、儲けていくのですね?」


「その通りでございます。私の商売のタネをお教えしたことによって、ノスヤ様の信頼をまた一つ得ることができ、それが、ソメスの実をお売りいただけることにつながりました。今後も私は、あなた様の信頼を失わぬよう、正直に、公正にお取引をさせていただくのみでございます」


「俺も、あなたの信頼を失わないように、努力します」


彼は俺の言葉に深くお辞儀をし、大量の収穫物と共に帰途に就いた。


それから約二週間後、ラッツ村では、村始まって以来の大事件が勃発するのだが、このときの俺は、まだそのことを知らずにいた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ