第五話 転生
コトコトコトコトコト……。耳慣れない音で目が覚める。
「あっ! 目が覚めた! 目が覚めたよ!」
突然女性の大声が耳に入ってきた。思わず声のした方向に目を向ける。だが、見えたのは後姿だけだった。スカートをはいた、かなり体格のいい女性だった。しばらく彼女が出ていった扉を眺めていると、再びドアが開き、今度は口ひげを蓄えたゴリラのような男が部屋に入ってきた。その後を先ほどの女性が一緒に入ってくる。
男はベッドの傍の椅子に腰かけ、俺の顔を覗き込むようにして、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫ですか? わかりますか?」
一見すると、西洋の外人っぽい顔立ちなのだが、話している言葉は日本語だ。一体どうしたことだと考えている所に、男は再び先ほどの言葉を繰り返した。
「わかりますか? 聞こえますか? 私が、見えていますか?」
その言葉で我に返った俺は、コクコクと頷く。二人は夫婦なのだろうか。顔を見合わせて安どの表情を浮かべている。
「あの……俺は?」
「おお、ノスヤ様、お気づきになりましたか?」
「ノスヤ?」
俺の一言が意外だったのか、二人は再び顔を見合わせながら、不安そうな表情を浮かべている。そして、妻と思われる女性が俺の顔を観察するかのようにジロジロと眺めながら、恐る恐る口を開く。
「あなた様は……ユーティン子爵家の五男、ノスヤ・ヒーム・ユーティン様。この度、ご本家から別家され、こちらのラッツ村においでになったのですが……覚えておいででしょうか?」
……なんだそれは? 子爵家の五男? 俺は青海ヒロミツとケイコとの間に生まれた一馬という男なのだが……。そこまで考えて、ハッと気が付く。そういえば神を名乗る老人が、転生だ何だと言っていた。まさかあれは夢ではなくて……。
「うえぁ!?」
声にならない声を出しながら、俺は飛び起きるようにして体を起こす。その瞬間、頭に激痛が走った。
「うっ……ツツツツツ……」
「無理はいけません。だんだんと思い出されましたか? 村はずれの森の中で、気を失って倒れているところを、妻が見つけたのです。運がよかったですな。あのまま行き倒れになっていたら、完全に魔物の餌食になっていました。何にせよ、発見が早くてよかった。しかし、頭から血を流して倒れておられたので、命にかかわらないかが心配だったのです。大丈夫でしょうか? 話はできますか?」
俺はズキズキとする頭を押さえながら、必死で言葉を振り絞る。
「あーあーえーえーうーうー。あーありがとう。すみませんでした」
おっ、どうやら喋れるなと、ホッと安心していると、夫婦が飛びのくようにして立ち上がり、恭しく頭を下げた。
「そんな、勿体ない。我々に礼など……」
「あ、いや、助けてくれたから……」
「滅相もないことです」
ひたすら恐縮しまくるこの二人を何とか宥めながら、俺はポツポツと質問をしていく。俺を助けてくれたのは、ラッツ村に住むティーエンとルカという夫婦だった。夫であるティーエンは木こりをしているのだそうで、なるほど、それであれば、このガタイの良さは納得できる。妻のルカは専業主婦で、この家の一切のことを取り仕切っている。どうやら肝っ玉母さんの典型のような女性で、森の中で倒れている俺を軽々と抱き上げて、この家に運び込んだらしい。
なぜ、俺が子爵家の五男であることが分かったのかというと、懐に俺の身分を証明する書類が入っており、そこに、分家してラッツ村に所領を与えるとの命令書が一緒に入っていたのだ。
貴族社会では、長男が全てを相続するために、次男、三男などは養子に出されるか、さもなければ、一部の領地を分け与えられて、細々と暮らしていくことが一般的なのだという。どうやら俺の年齢は、死んだときと同じ19歳であるらしい。ちなみに、この世界での成人は15歳なのだという。
通常、こうした領地を与えられて赴任するときは、大抵従者の2、3人は連れてくるのが一般的なのだそうだが、俺の場合は従者らしき者が見当たらなかったのだそうだ。これはあくまで、ティーエンの想像だが、元々は数名の従者を連れてこの村に向かっていたが、森の中で魔物に襲われて、従者たちは壊滅。俺だけが必死で逃げていたが、頭に攻撃を食らって気絶。本来ならばその場で食われてしまうところが、何かの拍子でそれを免れた……。そんなところなのだという。
「まあ、この村には人手はありますから、お困りのときには、いつでもお声がけを下さい」
「そうですね。男一人、ましてや王都で貴族として暮らしてこられたノスヤ様お一人では、なかなか大変なこともおありでしょう。明日にでも、この村を治めるクレド様に相談なさってはいかがでしょう?」
「うん、そうだな。おひとりでの生活というのは……な。今日の所は、我が家でゆっくりと休まれて、明日、村長のクレド殿の所に参りましょうか。あの方ならば、あなた様の力になってくれるはずですから」
「……わかった」
俺は何とかして言葉を絞り出す。その言葉に安堵したかのように二人は、何か御用があればお呼びくださいと言って部屋を後にしていった。
俺はぼんやりと天井を見ながら考える。どうやら本当に転生してしまったみたいだ。これは夢じゃない。うまく最悪の人生から逃げられたと思ったのにな……。父親や母親はどうしているだろうか? いや、厄介者がいなくなって清々しているかな……。目を閉じてそんなことを考えていると、いつしか俺は眠りに落ちていたのだった……。