第四十九話 やっぱり、問題は起こる
春風が気持ちのいい季節になった。雪はすっかり溶け、あちこちで植物の新芽が見られるようになった。だが、俺の顔は浮かない。腕を組みながら目を閉じてじっと考え続けている。
俺の前にはマンリさんをはじめとする農民が3人、俯きながら立ち尽くしている。
「わかりました。ちょっと考えます」
俺は唸るように口を開く。その様子を見た彼らは、一礼をして屋敷を出ていった。
俺にもたらされた報告は、例年に比べて、作物の害虫被害が増えているというものだった。特に春に収穫する春キャベツと新タマネギの被害がひどいらしい。例年ではありえないくらいに食い荒らされているそうなのだ。マンリさん曰く、村長の畑を追い出された害虫が、俺の畑に集まってきているのだという。まさかとは思うが、しかし、ここ数年、俺がここに赴任する前から考えても、あり得ないくらいのレベルらしいのだ。春の野菜は、ほぼ俺の趣味で育てているようなものなので、これが全滅しても全体的な収穫高にはあまり影響はないが、これが続くとなると、かなり問題なのだ。これから芽を出してくる作物が食い荒らされる可能性がある。そうなると、秋の収穫に影響が出てしまう。俺は再び目を閉じる。
「テヴィノコロホはずすヴァゲのぉ~ブレェてぇやぁ~そぅめやんぁあああ~」
正体不明な歌詞とリズムが遠くから聞こえてくる。言うまでもなく、クレイリーファラーズだ。打開策を考えているときに、このレゲエだか浄瑠璃だかわからないリズムはちょっとイラッとくる。そんな俺にはお構いなしとばかりに、裏庭の扉が勢いよく開かれる。
「いや~。森の中に色々な鳥の巣が出来ています。楽しみだわ~。今年はサリナモの生態を追ってみましょうか。ヒナが可愛いんですよ。羽根に白い線が入っているのですが、これが巣立ち近くになると……」
「少し、静かにしてもらえませんか?」
「何ですか? そんな怖い顔をして。せっかくこんなにいい天気なのに、一人で怖い顔をして考え込むのはよくありませんよ? 気晴らしに……」
「いえ、今、畑で重要な問題が起こっているんですよ!」
「重要な問題?」
「春キャベツを収穫しようとしたら、ほとんどが害虫に食われていたそうなのです。新タマネギも同じです。こんなことは初めてのことです。何とか対策を考えないと、秋の収穫が……って、人の話聞いています?」
クレイリーファラーズは、俺の言葉を上の空で聞いている。一体、何を考えているのだろうか?
俺の心配をよそに、彼女はふぅ~んと唸ると、スッと俺に視線を向け、そしてゆっくりと口を開く。
「もしかして、村長の畑にいた害虫が、こちらに来てしまいましたか?」
「……先ほど、マンリさんが来て、同じようなことを言っていました」
「ならば、害虫を駆除すればいいのですよ」
「……どうやって?」
クレイリーファラーズは、ゆっくりと頷きながら踵を返し、再び扉を開けて外に出ていく。一体どこに行くんだと思っていると、外から、口笛が聞こえてくる。彼女が何かを呼びだしているようだ。俺は慌てて裏庭に向かう。
彼女は、一体どのくらいの肺活量があるのかと思うほどに、長い口笛を吹いていた。ただ、彼女自身もここまで吹いたのは久しぶりだったのだろう。プハッという息が聞こえたかと思うと、大口を開けて空気を一気に吸い始めた。そして、息をゆっくりと吐き出しながら、オエッとえずいている。
そんな様子を、俺は顔をしかめながら見守っていたが、やがて、俺たちの前にスズメが数羽舞い降りてきた。そして、さらに次々とスズメが降りてくる。気が付くと、裏庭いっぱいにスズメが降りて来ていた。ちゅんちゅんと鳴き声が轟音のようになっている。
「んきゅー」
俺の後ろに控えていたワオンが、両前足を高く上げてバンザイのようなポーズを取っている。尻尾をブンブンと振って嬉しそうだ。
「ワオン、あれはエサじゃないぞ。食べちゃダメだぞ?」
「きゅー」
ガックリとうなだれてしまった。彼女にはあとでご馳走を作るからと言って宥める。そんな中、クレイリーファラーズが再び口笛を吹いた。
ピューイ、ピピピピピピューイ、ピューイ、ピューイ
突然スズメが飛び上がり、屋敷の上空を一回りして畑の方向に飛んでいった。黒い塊が飛んでいったので、かなり不気味な光景だ。
「一体、何をやったんです?」
「なに、簡単です。畑の虫を食べてもいいと指示を出したのです。スズメは、畑の虫が大好物ですから、喜んで飛んでいきました。最初からこうすればよかったのですよ。私としたことが……。おそらく、あれだけのスズメですから、手に余ることはないでしょうが、取りあえずしばらく様子を見ましょうか」
「そ……そうですね」
結果的に、クレイリーファラーズの作戦は大成功だった。これ以降、作物の害虫被害は無くなり、マンリさんたちの心配は大幅に軽減されたのだった。この天巫女は、やるときはやるらしい。危うく、大飯ぐらいのだらしのない女として見損なうところだった。
数日後、俺はテルヴィーニに保存してあった自然薯を取り出して衣を作り、クレイリーファラーズに大量の串カツをご馳走した。勢いづいた彼女はワオンの分まで手を出そうとして、その手を噛まれてしまったのは、ナイショの話だ。




