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第四十六話 新しい肥料

チラチラと雪が降る朝、俺は村長の家に向かっていた。正直、行きたくはない。


事の始まりは、前日の夕方、食事の準備をしていると、俺の畑を手伝ってくれているマンリさんが尋ねてきて、翌日の朝に家に集まれと村長からお達しがあったと教えてくれたのだ。


一体何を企んでいるのか、イヤな予感しかしない。集められているのは、この村で農業に従事する者全員なのだ。そんなイベントを実施するなど、俺には全く知らされていない。


夜が明けると早速俺は、クレイリーファラーズを叩き起こして村長の家に向かう。そこには既に大勢の村人が集まっていた。50人はいただろうか、当然これだけの人数が村長の家に入れるわけはない。彼らは寒風の中、震えながら村長の登場を待っていた。


「あ……ノスヤ様」


俺に気が付いた村人たちが、次々に俺の許に集まってくる。だが、俺のことをよく思っていない、言わば村長派に属する人々は近づいてこない。いつしか、村人たちは二つの塊に分けられていた。


村長派の集団は、そんなに人数は多くない。10人程度だ。だが、彼らの身なりはいいものを身に着けている。一見すると農民とは見えない出で立ちだ。そんな彼らは俺たちに対して軽蔑に似た視線を投げかけている。ニヤニヤと人を小ばかにした笑みを投げかけているヤツもいる。


そいつと目が合った。俺は何も言わずにそいつを見る。彼は相変わらずニヤニヤとした笑みを崩そうとしない。そんな中、クレイリーファラーズの声が響き渡る。


「何か、面白いことでも、あるのですか?」


オイオイ、いきなりケンカを売るんじゃないよ。相手の顔の笑顔が崩れて、ちょっと怒りの表情になっているじゃないか。


男はゆっくりと俺たちに近づいて来る。そして、にやけた笑顔を再び浮かべて、ゆっくりと口を開く。


「これはご領主様、わざわざのお越し、いかがされました?」


「いえ……。畑の様子を見に来たら、たくさん人が集まっていたものでね」


「それはご心配をおかけしました。本日はちょっとした寄合です。ご心配には及びません」


「そうですか。それならばいいのですがね。どうやら楽しそうな寄合なのでしょうね」


男は一瞬、キョトンとした表情を浮かべた。俺の言っている意味が理解できないようだ。


「ずっと笑顔を浮かべておいでですから、さぞ、楽しい寄合なのかなと思ったのですよ」


男はバツの悪そうな表情を浮かべる。俺のすぐ横で、クレイリーファラーズが無表情のままガッツポーズをしている。だからやめなさいよ、相手を挑発しなさんな。


「これはみなさん、お待たせしました」


険悪な雰囲気になりそうなところで、タイミングよく村長が現れた。彼は俺の姿を見つけると、一瞬体をピクッと動かしたが、やがて平静を装うようにして、村人たちを見廻しながら口を開いた。


「本日、皆に集まってもらったのは、他でもない。畑の肥料について、新しいモノが手に入ったので、希望する者に分けたいと思ったからだ」


そう言って彼は、懐の中から小さな木箱を取り出した。ふたを開けると、何やら砂糖のような白い粉が入っている。


「これは、マンドゥーという肥料でな。何と、作物を食い荒らす害虫を駆除してくれるものだ。これを使えば、害虫の被害は無くなる。従って、作物の収穫量は劇的に向上する。どうだ、素晴らしいだろう!」


ドヤ顔で村長は俺たちを見廻している。


「考えてもみろ! 毎日畑を見て作物が食い荒らされていないかを見る手間が省けるのだ。害虫を一匹一匹捕まえていく作業が減るのだ。それに、この肥料を使えば、雑草も生えてはこない。草とりの作業も減るのだ。お前たちの作業は劇的に楽になるのだ。まさしく、天が与えたもうた肥料だ!」


身なりのいい村長派の農民たちから、おおっ! といった歓声が上がる。彼はその声を聞きながら満足そうな表情を浮かべ、さらに声を上げて言葉を続ける。


「この肥料は、隣国のインダーク帝国で開発されたものだ。帝国ではこの肥料のお陰で、農作物の収穫量が激増したそうだ。そんな肥料をこの度、私が王国内でいち早く手に入れたのだ。このラッツ村の収穫高を飛躍的に伸ばすために!」


そこまで言うと彼は俺に視線を向け、ニヤリと笑みを浮かべた。そして再び、集まった農民たちに視線を戻す。


「本日、皆に集まってもらったのは、この肥料を分けるためだ。一人につき、ひと箱。なぁに、心配はいらん、この箱の粉を畑に撒くだけだ。それだけでいい。ただ、できるだけ畑にまんべんに撒かねばならんぞ? 注意するのはそこだけだ!」


期せずして、村長側の農民から拍手が起こる。彼は満足そうにそれを手で制しながら、オホンと咳払いをして、さらに言葉を続ける。


「ただし、一つだけ条件がある。この肥料はかなり高価でな。これを手に入れるに際して儂は、大枚をはたいた。本来ならば、これまで通り皆に無料で配りたいのだが、今回はそうもいかん。この肥料を希望する者は、金貨一枚。金貨一枚で分けよう。希望する者は手を揚げてくれ!」


冬の冷たい風が吹きすさぶ中、村長の声がひときわ大きく響き渡った。

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