第四十五話 焼き鳥
「ふぅ~ん、美味しそうじゃないですか。いいじゃないですか」
サンドイッチを頬張りながら、クレイリーファラーズは目をキラキラ輝かせている。さっきまでの二日酔いは一体何だったのだろうと思うほどの食べっぷりだ。
こんがり焼いたパンにフワフワのオムレツを載せ、それを半分に折ってかぶりついている。その様子にワオンも若干引き気味だ。仔竜とはいえ、ドラゴンをドン引きさせるクレイリーファラーズの食欲は、恐るべきものがある。
そんな彼女は今、昨日俺が作った串カツに興味津々だ。串カツを思い浮かべながらサンドイッチを食べるってどうよ? と思ってしまうが、そんなことは関係ないらしい。彼女の頭の中は串カツで満たされつつあるようだ。
「さっきも言いましたけど、串カツ用の肉がないのと、自然薯がないと昨日のような味にはならないですよ? 自然薯なしでも作れるには作れますが……」
「らめれす!」
クレイリーファラーズの大声が響き渡る。てゆうか、口の中にモノを入れた状態で喋るんじゃないよ。
「自然薯を入れないと味が落ちるのでしょ? それはダメです。味が落ちたものが一番おいしいと思ってしまうのは、いけないことです。自然薯を入れましょう」
「掘るのに時間がかかりますよ? 何といっても木の根ですから」
彼女はしばらく考えるそぶりを見せていたが、やがて少しずつ眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を浮かべだした。
「ちなみに、で聞きますけれど、代替案はありますか?」
「は? 何を言っていますか?」
「その……串カツに匹敵するような料理を、しかも今夜食べられるものはありますか?」
「あのねぇ……」
「ほら、お分かりになるかと思いますけれど、美味しいものが食べられる、って思っていたのにそれが食べられない……ってなったときの苦しさ……。分かりますでしょ?」
「マジで何を言っているんですか!?」
俺は呆れて口をポカンと開けたまま、彼女を見つめる。そんなとき、ふと俺の頭の中に、一つのアイデアが浮かんだ。
「焼き鳥ならできるかもしれませんね」
「ヤキトリ?」
「ええ」
「ヤキトリ……鳥の丸焼きですか?」
「いやいや、そんなものではありません。鳥の皮やモモ肉などを串に刺して焼くのです。甘辛いタレで食べたり、塩で食べたり……。幸い、この家は炭で火を起こしています。炭で焼けば美味しさも倍増でしょうね」
「から揚げよりも、美味しい?」
「うーん、甲乙つけがたいですね」
「是非、お願いします」
「わかりました。では、鶏肉をお願いしますね」
「え? 私?」
「あなたは鳥を使役できるのでしょ? 鳥を呼びだして、片っ端から締めて……」
「あなたねぇ!」
クレイリーファラーズがテーブルをバン、と叩いて立ち上がる。
「自分の使役した鳥を絞め殺すなんて、誰ができますか! そんなこと、人間がやることではありません!」
「それなら、焼き鳥は諦めるんですね。だって、鶏肉がないんですから。他の肉? それだと焼き鳥にはなりませんね。いいじゃないですか、夕食は夕食できちんと毎日のお弁当があるのですから。それを食べればいいのです。無理をする必要はありません」
「もういいです、わかりました!」
そう言って彼女は屋敷を出ていってしまった。
俺としては、彼女の我が儘にお灸をすえたつもりだった。勝手なことばっかり言ってるんじゃねぇぞというつもりだったのだ。そんな感覚で俺はヴィギトさん夫婦と入れ替わるようにして畑の様子を見に出かけた。そして、昼食を持って帰ってくると、何とクレイリーファラーズの姿が見えなかった。そして、彼女はおやつの時間になっても帰ってこず、さすがに俺は心配になった。
「なあワオン、俺が出ていったあと、クレイリーファラーズは帰ってこなかったのか?」
「ンきゅ」
「どこに行ったのか、心当りはないかい?」
「にゅー」
そんな会話をしていると、何やら裏庭から獣の鳴き声が聞こえてきた。屋敷の中に緊張が走る。俺はディガロを取り出し、いざという時に備える。その鳴き声はだんだん近づいて来る。そして、勢いよく扉が開かれた。
「ウエェェェェーン! ウワァァァァァーン!」
そこに立っていたのは、クレイリーファラーズだった。彼女は右手で涙を拭きながら、左手で鳥を数羽握りしめていた。既に羽は毟られ、血抜きもされているようだ。想像できるだろうか? 天巫女が号泣しながら、鳥の足を持ちながら立ち尽くしているシュールな光景を。俺もワオンも口を開けたまま呆然とその様子を見守る。彼女はそんな俺たちに全く意識を向けることなくキッチンに向かい、泣きながら鳥の皮をはぎ始めた。
「うううう……ヒック、ヒック」
しゃくりあげながら包丁で鳥を解体していくクレイリーファラーズ。俺は何とも言えない気持ちになり、恐る恐る彼女の側に近づく。そして、ゆっくりと口を開いた。
「この鳥は……」
「ダージー……ロウです……」
「ダージーロウ?」
「肉がやわらかくて……油も多くて……美味しい……んです、グスン」
「その鳥を操って……」
「キツツキを」
「え?」
「キツツキを使役して、ダージーロウを襲わせました」
「え? 何で泣いているの?」
「キツツキから、もう二度とお前の言うことは聞かないって……。20匹ケガをしただけじゃないですか~ヒドイ、ヒドイわぁ~」
聞けば、ダージーロウという鳥は、集団で行動する鳥らしく、あまり好戦的ではないものの、群れが襲われたときの反撃は、かなり強いものなのだという。クレイリーファラーズは、30匹のキツツキを使役して、15羽のダージーロウの群れを襲わせたそうなのだが、その半分以上が返り討ちにあったらしいのだ。そうしたこともあって彼女は、キツツキの仲間内で要注意人物と見なされ、今後の付き合いを拒否されたのだという。何とも人騒がせな話だ。
そんなことを言いながら彼女は見事な手さばきで鳥を解体していく。俺は早速その肉を串に刺していき、同時に炭をおこす。そして、それを焼いていき、併せて甘辛いタレも作り、その上にかけていく。
出来上がったのは、皮、モモ、ねぎま、ハツ、キモといったものだが、タレと塩で食べてもかなり美味しいものだった。
「美味しいですね、これ! これは毎日でも食べたいわ!」
さっきまでの号泣が嘘のように、クレイリーファラーズはご機嫌になっていた。全く持って現金な人だ。
俺たちが焼き鳥に舌鼓を打っていた同じころ、村長の屋敷ではある商談が行われていた。
「……いかがでしょうか、村長様」
「これはすばらしいですね。これならば、来年の収穫はさらに……。いいでしょう。この薬品、いただきましょう」
「ありがとうございます」
後にこの薬品が、ラッツ村に大事件を引き起こすのだが、村長はそれを知る由もなかった。




