第四十二話 収穫祭
雲一つない秋晴れの朝、ラッツ村の広場は多くの人でにぎわっていた。村人はもちろん、冒険者や宿屋に宿泊している人々までが行き交い、いつにはない活況を呈している。それもそのはずで、この日は、村で久しぶりに行われる収穫祭が開催されるのだ。
このラッツ村で収穫祭が行われるのは、およそ20年ぶりのことになる。先代村長が元気なうちは、細々と行われていた収穫祭だったが、現村長であるクレドとなってからは、そうしたことは無意味だと言ってやめてしまっていたのだ。その理由は、クレドが村長になったその年は村の存亡の危機とも言われるほどの不作の年であり、祭りなどをしている場合ではなく、その年は中止することになったのだが、それがそのまま続いているのが表向きの理由だ。だが、その真相は、何と言ってもやはり、収穫祭の費用を村人に負担させるというクレドの案が村人たちに受け入れられず、また、集めようにも、クレドが設定した金額を支払える村人がほとんどいなかったことが大きな理由だ。
元々この収穫祭は、村長がその費用の半分を負担していた。そして、ユーティン子爵家から幾ばくかの資金を下賜してもらうことで、村人たちの負担は最小限に抑えられていたのだが、クレドはそれを嫌がった。村長たる自分が多くの資金を負担せねばならないこと、収穫祭のためだけに王都に使者をやり、そのわずかな資金を取りにやらねばならない手間暇を考えると、彼に収穫祭を行うメリットはどこにもなかった。
だが、収穫祭のこと、費用を村人全員で割り勘にすることにしたが、当然それはすぐに頓挫し、現在に至っていること……。そんな話を村人から聞いたノスヤが、収穫祭を行うと表明したと聞いたときは、彼はいやな胸騒ぎを覚えたのだった。
「ご領主様、もう準備はできていますよ」
笑顔で俺に報告をしているのは、俺の農地で働いているグエンさんだ。彼は農民たちのリーダー的存在で、この収穫祭の蔭の実行委員長だ。彼のアイデアと行動力のお陰で、村の広場には多くの店が並び、それを見に来た人々でごった返している。
俺は彼に促されるようにして、あらかじめ用意された舞台の上に立ち、オホンと咳払いをする。
「ええと。この村の領主のノスヤです。本日はお日柄もよく……。まあ、今年は豊作でしたので、それをみんなでお祝いしようと思います。皆さん楽しんでください。では……始めてください」
予想以上の人々が集まった場で、俺自身も緊張してしまったこともあり、かなりグダグダな挨拶になってしまったが、何とか言い切ることができた。集まった人々もいい人が多かったらしく、俺は拍手に送られる形で舞台を降りたのだった。
実際、この収穫祭には俺も結構情熱を傾けたのだ。まず、ギルドにクエストを出し、森の中の魔物を冒険者たちに狩らせた。オークに大牛など、美味な肉を持つ魔物を中心に狩らせて、肉を集めたのだった。そして同時に、果実も狩ってくるクエストを出すことも、忘れなかった。
そうしたことをする一方で、俺は防具屋に鉄板を数枚作るように依頼を出した。それは思った以上に早く仕上がり、早々に準備をすることができた。
俺は村人たちを使って、この収穫祭でバーベキューの店と、果物でデザートを売る店を出させることにしたのだ。ギルドのお蔭で数種類の肉を手に入れることができたので、高級肉の部類に入るものは、別の店として、その肉だけを焼いて売る店を拵えた。加えて、俺の所に納められた作物も提供し、野菜系を中心とした材料も提供した。そうしたことで、バーベキューの店だけでなく、野菜スープや野菜炒めなどを作る店も出すことができるようになった。
こうしたことは、農家のおかみさんたちが率先してやってくれ、彼女らはいきいきとして働いてくれている。それはそうだろう。この日の売り上げは、全て店側に入るのだから。
俺はこの収穫祭を行うにあたって、農民たちに材料を提供するから好きに店を出せと命じたのだ。俺の案はバーベキューと焼き肉だが、それ以外の店を出しても構わない。そして、その売り上げは自分たちの物にすればいいと言ったのだ。彼は最初、キョトンとした顔をしていたが、やがて俺の意図を察してくれたらしく、すぐに行動に移し始めた。その中心となり、まとめ役をしてくれていたのが、グエンさんだった。
次々と準備が整う中で、俺はギルドに祭りの警護をしてもらうよう要請を行った。ギルド長は、警護費用を俺が持つことを聞いて、喜んで協力してくれた。彼自身が采配を振るい、冒険者たちを指揮してくれたおかげで、大きな問題はひとつも起こらなかったのだった。
収穫祭はかなりにぎわっている。単価を安めに設定したためか、農民たちの店には行列ができ始めている。多くの人が出ているので、広場の周辺の店も賑わっているようだ。如才ない人の中には、この日限りのバーゲンセールを実施して、売り上げを伸ばそうとする者もいるようだ。
俺はそんな様子を見ながら、屋敷に戻っていく。ギルド長が一人で居るのは危険だと言うことで、わざわざ腕の立つ職員を護衛に回してくれていて、俺は彼ら二人に守られるようにして屋敷に戻る。護衛はヴィギトさん夫婦の家で休憩してもらうことにして、俺は丘を登っていく。
「ただいま戻りました」
「おお、えらく早かったの」
笑顔で迎えてくれたのは、ハウオウルだ。その隣には、ティーエン夫婦の顔も見える。俺は一番世話になったこの人々に、個人的にお礼をしようと招待したのだ。お礼と言っても大したことはできないが、俺の手料理でも振舞おうと思ったのだ。だが、それはティーエンの妻であるルカに止められてしまった。料理は全て自分がやると言うのだ。ちょっとしたやり取りの後、俺はルカと二人で食事を作ることにしたのだった。
「本当に、よろしいのですか?」
ティーエンが心配そうな顔で話しかけてくる。俺はニコリと笑って、言葉を返す。
「いいのです。俺が個人的にやりたいと思ったことなのです。どうぞ、座っていてください」
「は、はぁ……」
領主自ら手料理を振舞うなど、この世界には前代未聞のことなのだろう。彼はオドオドしながら、椅子に腰かけている。
「よいではありませぬか。ご領主自らのお招きじゃ。断るのは、失礼じゃぞい」
ハウオウルはカッカッカと大声で笑っている。そんな様子をティーエンは苦笑いを浮かべて見ている。
「ゆー。んきゅきゅ」
ワオンが俺の帰りに気付いて、部屋から飛び出してきた。このところ彼女は上手に扉を開けられるようになっていた。いつものかわいらしい顔立ちで、俺に飛びついてくる。
「ただいま、ワオン。今から食事を作るから、大人しく待っていてね」
「んきゅ」
彼女はそう返事をすると、俺の腕から降り、ゆっくりと部屋に戻っていった。
「さすがドラゴンじゃ。仔竜とは言え、既にご領主の言葉を理解しておる。あの仔は賢くなるぞい」
あごひげを撫でながらハウオウルは満足そうに頷いている。
「それにしても驚きました。神木だけでなく、仔竜までも傍に置かれるとは……」
ティーエンが信じられないという表情で、ワオンが入っていった部屋の扉を眺めている。
「ここのご領主はな、神に愛されているのじゃよ」
「いや、そんなことはありませんよ。そろそろ、食事に取り掛かりましょうか」
俺はそう言ってルカに視線を向ける。彼女はニッコリと微笑んで、キッチンに向かった。さあ、今日は俺の腕によりをかけた料理を作るのだ。皆、気に入ってくれるといいのだが……。
あれ、そういえば、何か忘れている気がしないでもないが……。まあ、放っておくことにしよう。




