第四話 説得
「ええと……今、何と言った? 最近耳がどうもな」
老人は必死で言葉を絞り出している。俺の答えが予想外過ぎたのだろう。俺はゆっくりと、そして大きめの声で先ほどと同じ答えを返す。
「ですから、転生は、結構です。このまま、死なせて、下さい!」
「本人がそれでいいって言っているんだから、それでいいじゃないですか」
「黙っとらんかぁ!」
クレイリーファラーズと呼ばれた女性が、小さな声でポソッと呟いている。それに対して老人がものすごい速さで突っ込みを入れている。
実は、自分が死んだとわかったとき、俺はショックより安堵感の方を先に感じた。ひきこもっている間、特にこの2~3ヶ月は、毎日死ぬことばかりを考えていた。将来の見込みは全くない。それはそうだろう。高校中退のひきこもりが、大企業に入ったり、公務員になれたりするわけではない。大学に入ろうにも、勉強はからっきしだし、最終的にはブラック企業に雇われて死ぬまで働くことになるのがオチだ。そんな人生はマジでイヤだ。それに、両親も俺には腫れ物に触るような扱いだが、親戚や近所から好奇の視線に晒されていて、早く何とかしたいと思っていることも知っている。俺だって学校には行きたかったのだ。でも、どうしても行けなかった。ただ、無駄飯を食らうだけの存在になり果てた俺……そんなことを考えていたら、死んだ方がよいという結論に達していたのだ。
だが、自分で死ぬだけの度胸はない。ウダウダと誰か殺してくれないかと思い続けていたところ、今回のイベントだ。渡りに船とはこのことだ。どうせ転生したって、何の能力もない俺が生きていける保証はどこにもない。俺は休みたい。今まで散々部屋でひきこもっていた男が言うのも何だが、全てを忘れて休みたいのだ。
そんな俺の雰囲気をどう見たのか、老人はウムムと唸りながら、ゆっくりと口を開いた。
「まあ、いきなり転生しろ、しかも全くの別世界への転生じゃ。それはそうなるであろうな。よしわかった。魔法、魔法が使えるようにしてやろう。どうじゃ?」
魔法? あのドラ〇エみたいなヤツか? 何だか面白そうだが、結局あと80年も生きなきゃいけないんだろう? それもなんだかなぁ……。
俺が無言のままそんなことを考えていると、彼は何を思ったか、再び口を開く。
「そなたは……ずっと家におったのだな? おおう、転生候補は同じような環境のようじゃぞ? つまり、人里離れたところで暮らすというのはどうじゃ?」
うーん、確かに悪くはないが、基本的に俺は他人と話をするのは好きだ。中学生のときは割合よく喋っていたのだ。だが、高校だけはどうしてもダメだった。馴染めない……という表現が正しいか。教室にいると何か不快なのだ。それでも頑張って1年間は通学したが、2年生になった途端に、我慢に限界が来た。で、結局学校に行けなくなり、ひきこもり生活に突入したのだ。そういうこともあって、全く誰にも会わないというのも、何だかなぁ……。
「ム……。気に入らんか? あ、そうか、儂としたことが。迂闊であった。確かに人里離れたところで暮らしていくとなると、色々とスキルが必要じゃな。そうじゃな……。土魔法、土魔法を授けようではないか。どうじゃ?」
どうじゃと言われても、いきなりそんなことを言われても困る。
「ムム……。わかった。土魔法のLV2……LV3……ええい! LV5を授けよう! これで大抵のことはできるはずじゃ この世界でLV5のスキルを持っているのは……2人だけじゃ。どうじゃこのレアスキル!」
老人はドヤ顔で胸を張っている。いや、土魔法って……。何かパッとしないなぁ。レアスキルって……地味じゃね?
「ムムム……。あ、これはこれは。またしても迂闊であった。そなたは魔法を使ったことがないのであったな。そうかそうか。であればMPを……ええい、最大値まで上げておこう、どうじゃ? ついでじゃ、HPも最大値まで上げておこうぞ! これで文句はあるまい」
あまりの展開に俺は目を見開いて固まる。老人はその様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
「よしっ! そうと決まればコトは急がねばならぬ。転移先は、リリレイス王国のラッツ村。とある男が、その村で領地を賜り、そこで住むところだったのだ。ちょうどよい。よかったよかった。早くせねばこの転生候補の男の肉体が滅びてしまう。では……」
「ちょっとちょっと!」
俺の周囲がまばゆく光り始める。そのときになって初めて俺は全力で声を出した。いや、俺は転生なんかしたくない。しばらく休ませてくれ、もう生きたくはないのだ……必死でそう叫んだ。しかし、光はどんどんと強くなっていき、それに比例して俺の意識もどんどんと遠くなっていった。
「お詫びに追加でいくつか装備も付けておくからなー」
そんな声が聞こえた気がするが、明確な記憶はない。俺の目の前は真っ暗になった。
男が消えた後、老人はふう~と大きなため息をついた。そして、誰に言うともなく小さな声で呟いた。
「全く……強情なヤツだったわ。ほぼ無理やり転移させたような形になったが、まあ、あれだけのギフトを与えたのじゃ。どうにかするであろうよ。それにしてもクレイリーファラーズ。お主やるではないか。ずっと家に閉じこもっておった男のことを考えて、同じ環境に近い者を選別したのじゃな。やればできるではないか」
老人はクレイリーファラーズと呼んだ女性に優しい笑みを投げかける。だが女性は、面倒くさそうな表情を一切変えず、抑揚のない声で口を開いた。
「もういいですか、戻って?」
「いや、お前にも仕事をしてもらわねばならん。これは命令じゃ」
「……ハア? 何で私が! イヤです、絶対にイヤです!」
女性は涙目になっていた。そんな様子を老人は、満足そうな顔で眺めていたのだった。