第三百九十二話 やりきった!
あっと言う間に一週間が過ぎた。ハウオウルが言った通り、サエザルたちドワーフは、予想していたよりも一週間早くエイビーの町に到着した。いや、本当に、早すぎるちゅうねん。
サエザルの言葉が振るっている。遅れて到着するよりはマシだろう。早めに到着した方が作業が早く始められるし、溶鉱炉の完成も早まるから一石二鳥だろうと言ってのけたのだ。まあ、言っていることには間違いはないので、特にそれ以上は何も言わなかったのだが。
問題のレンガだが、作った。毎日ぶっ倒れるまで作業をした。最初こそはコツが掴めずに苦労したが、ある程度作り方の流れを把握してしまえば、あとは魔力との消耗戦だった。溶鉱炉の建設予定地の近くの草原に高々と積み上げられた黒いレンガが、まるで城壁のようになっている。三日目からは一瞬でおよそ三万個のブロックを作られるようになった。地面に手を当ててイメージを膨らませ、一気に魔力を放出する。そしてそのままぶっ倒れる。時間にして十分もかかっていなかったのではないか。エイビーの人々からは、軽い地震と共に草原の彼方にドでかい黒い壁が立ち上がってくるので、最初は皆、驚いたらしい。
倒れた俺はヴァッシュらに抱えられるようにして部屋に戻り、そのまま死んだようになって眠った。目が覚めると夕方で、起きると同時に夕食を食べた。お昼を食べていないので、そのときの食事はいつにもまして美味しく感じた。で、それからまた現場に向かい、一気にレンガを作ってぶっ倒れる。起きると朝、という生活をこの数日間繰り返していた。一日二回俺を宿まで運んでくれたヴァッシュには感謝しかない。さぞかし疲れただろうと思いきや、彼女はそうでもないと涼しい顔をしている。どうやら、見かねたトノロらが手伝ってくれたらしい。しかも驚いたのが、最後の二日間は王女がそれを手伝ったのだと言う。
王女が人を運ぶなど聞いたことがないが、彼女は嬉々として手伝ったのだと言う。彼女にとっても初めての経験だったようで、それなりに面白かったそうだ。当然、周囲の者には彼女の身分はバレていなかった。
本当に命を削って作業したのだが、高く積まれたレンガを見てサエザルは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに怒りの形相に変わった。
「……お前さん、このレンガはいくつあるのじゃ?」
「……ご要望通り、約三十万個用意しました」
「……バカか」
「はい?」
「いきなりこんなに用意してどうするのじゃ。すぐに三十万個も使うわけはなかろう。徐々に準備をしてくれればええのじゃ。いきなりそんな数を用意するから、こんなにとんでもないことになるのだ。このレンガ、どうやって取り出すのだ!」
……確かにそこまでは考えていなかった。このレンガを取り出すには、はしごをかけて上から一つ一つ取り出さねばならない。そう考えると、非常に大変な作業が増えたような気がする。ええと、どうするかな。
「ホッホッホ。言われる通りじゃが、モノは考えようじゃ。これだけの資材が揃っておるならば、お前さんたちの作業も早かろう。レンガは長い板を斜めにかけて、上から滑らせればええ。そのくらいのものはあるじゃろうし、作るにしても造作はないはずじゃ。レンガを落とす作業は素人でもできる作業じゃから、何もお前さん方ドワーフがやることはない」
ハウオウルがそう言って間に入ってくれたおかげで、サエザルの機嫌も何とか元に戻ってくれた。
彼らは早速、溶鉱炉の建設予定地で作業を始めた。まずは土地の調査ということで、彼らは見たこともないような機材を用いて測量らしきものを始めた。その結果、色々と準備が必要であるが、それにはあまり時間はかからないことがわかり、一週間後に作業を開始できることになった。あらかじめ周辺の町や村にはギルドを通じて人夫を集める段取りは付いていたため、すぐに人集めを開始してもらう。給金も高めに設定しているので、人の心配はないだろうというトノロらの言葉に、俺はホッと胸をなでおろした。
その夜は久しぶりにゆっくりと眠ることができた。
翌日、トノロら主だった者たちとサエザルらドワーフとの話し合いの場が持たれた。彼らの話は専門的な事柄も多く、よくわからない内容もあったのだが、彼らは向こう三百年は稼働し続ける溶鉱炉を建設すると言い切った。そんなに長く金が採れるのだろうかと訝る俺に、トノロらは問題ありませんと言って笑顔を見せた。
ドワーフたちは、金脈が埋まっているニーロフートリー帯を効率的に砕く方法も伝授してくれるのだと言う。なんだか至れり尽くせりだが、彼らにしてもこれほどの大規模な案件は久しぶりであり、技術者としての腕が鳴っているようだ。もちろん溶鉱炉建設が鳴った暁には、彼らには相応の礼をするつもりだ。かなり高くつきそうな気もするが、そんなことは言っていられない。彼らの要求には全力で応えるつもりだ。
その打ち合わせの後、サエザルは俺に早くラッツ村に帰るように促した。俺がここに居ても何もすることはないので、村に帰ってゆっくりと報告を待つように言われたのだ。何だか、ちょっと寂しい思いに駆られてしまった……。




