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第三十九話 ワオン

「……」


俺の目の前で村長は呆然とした表情を浮かべながら立ち尽くしている。その様子を俺は椅子に座った状態のまま、眺め続けていた。それはそうだろう、一見すると白い犬に見えるが、どう見てもドラゴンの子供が俺の膝の上でスヤスヤと眠っているのだ。


どのくらい沈黙が続いていただろうか。村長が、声を絞り出すようにして、やっとのことで口を開いた。


「……大丈夫、なのですか?」


「何がです?」


「ドラ……ゴン、ですよね? その……暴れたり……」


「問題ありません」


クレイリーファラーズが間髪を入れずに村長に言葉を返す。彼はそれが気に障ったのか、目を見開いて、声のトーンを上げて話しかけてきた。


「ドラゴンなのですよ? しかも、仔竜! 母竜が襲ってきたら、どうするのです!」


「どうするも何も、母竜が来たらいいことじゃないですか。この仔を返すだけです」


「敵と認識されて、この村がドラゴンに襲われでもしたら……」


「それは大丈夫でしょう」


クレイリーファラーズが俺たちの会話に入ってくる。彼女はドヤ顔で大丈夫だと言い切ってしまった。一体何の根拠があって? 実は俺も村長と同じ考えがあったのだが……。そんなことを考えながら俺は、彼女の様子を見る。


「ドラゴンというのは、とても知性の高い生き物です。我々がこの仔竜を大切に扱っていれば、むやみに攻撃してくることはありません。逆に、村長はこの仔竜をどうしろと?」


村長はグムムと歯を鳴らしている。そんな様子を見ながら、クレイリーファラーズは再び口を開く。


「もし万が一、この仔竜を捨てるようなことがあり、この仔が死んでしまったら、それこそ母竜は怒り狂ってこの村を襲うでしょうね。村長はむしろ、そうしろと?」


彼の手がブルブルと震えている。そして、しばらく彼はクレイリーファラーズを睨んでいたが、やがてだまったまま踵を返して屋敷を出ていった。


「大丈夫なのですか?」


「大丈夫に決まっています。大体、村長の考えることは手に取るようにわかります。この仔竜ちゃんを手に入れて、商人に法外な値段で売り飛ばすか、王様に近い貴族への貢物にするかのどちらかです」


「なぜ、貢物に?」


「知らないのですか? ドラゴンを、竜を傍に置いておくのは、貴族にとってステータスなのです」


「どういうこと?」


「一般的に、竜を傍に置けるのは、竜と会話ができる特殊スキルを持つドラゴントーカーか、竜と契約を交わした契約者コントラクター、竜の調教をするドラゴンテーマーくらいなものです。例外的に仔竜の頃から傍に置き、自身を親と思いこませて傍に置くというのがありますが、それは成功例が極めて少なく、仔竜を傍に置いているということだけで、貴族の世界では一目置かれることになるのです」


「はあー。じゃあ、この仔竜の存在は……」


「ええ、村人に知られても大丈夫ですよ」


「本当に!?」


「ええ、幸いにしてこの仔竜はあなたに懐いています。あなたが親代わりになったのだと思ってくれますよ」


「俺、狙われたりしないんですか?」


「ま、そのときはそのときです。ですが、大抵仔竜は親からはぐれると死んでしまいます。人間の手で育てるのが難しいんですよ。なぜって、なかなか人間に懐かないので、エサを食べずに衰弱死するのです。そこにいくとこの仔竜は、あなたの与えた餌を食べましたし、その上膝の上で眠っていますからね。きっと順調に成長すると思いますよ」


「マジっすかー」


クレイリーファラーズが言った通り、この仔竜は何でもよく食べる竜で、食べるたびに、きゅいきゅいと可愛らしい鳴き声を出している。よく見るととても愛くるしい顔をしていて、何だかとても癒されるのだ。


その後、俺はこの仔竜にワオンという名前を付けた。別にでかいスーパーが好きなわけじゃない。確かにウチのおふくろはよく買い物に行っていたが、決してそうではない。何となく風貌が犬に似ているので、そんな名前になったのだ。


で、このワオンだが、甘えん坊なのか、寂しん坊なのか、ずっと俺の後ろをくっついてくる。さすがに村まで連れて行くことは憚られるので、いつもお留守番なのだが、俺が帰ると、立ち上がって尻尾を振って出迎えてくれる。まるで、本物の犬みたいだ。


ワオンはさすがにドラゴンと言うべきなのか、他の魔物や動物を寄せ付けない不思議な力を持っている。この間など、裏庭に生えているソメスの木に、体を擦りつけていたのだが、次の日に見てみると、ワオンが体を擦りつけた木は、全くラーム鳥が実を食べていなかった。そして、それを放置すること数日。ある日、庭を見てみると、ソメスの実が地面に落ちており、それをワオンが美味そうに食べていた。何気なく俺も行ってみてみると、ソメスの実から甘い香りが漂っていた。確かにこれはティーエンが持ってきたときの香りだ。俺は何のためらいもなく、その実をかじってみる。……甘い。何ともコクのある甘さだ。そうだ、これがソメスの実だ。


ワオンのお陰で、ソメスの実がどうしたら甘くなるのかが分かった。それからワオンは次々とソメスの木に自分の体を擦りつけていき、最終的にはラーム鳥が全く実を食べなくなってしまった。俺としてはラーム鳥とも共存していきたいと思うし、何より、クレイリーファラーズが涙目になって森の中を探し回っていたために、また新たに種を蒔き、慌ててソメスの木を育てたのだった。ワオンには新しい木は何もしないでねと言うと、俺の言葉が分かるのか、新しい木には全く手をつけようとはしなかった。さすがは知能が高いと言われる竜だけある。


そんなことをしていると、季節は過ぎていき、あっという間に、暑い夏が終わり、村は秋の色が深まり始めた。いよいよ今年も、収穫のときを迎えようとしているのだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仮にも領主なら一人で説得しろよな。巫女ごときに任せるとか情けない。
2021/01/24 21:32 退会済み
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