第三百八十九話 初めての料理
クレイリーファラーズの鼻の穴が膨らんでいる。あ、鼻毛が出ているのを見つけたが、黙っておくことにする。
「毎日からあげを食べさせましょう。オヤツにはスィートポテトで。朝はフライドポテト、昼は焼き鳥……。完璧だわ。毎日のメニューはそれでいきましょう」
「いや、体を悪くしますよ。それに太りますって」
「どうして? 私は絶好調ですよ。それに太っていないですし」
……明らかに太っているじゃないか、という言葉を飲み込む。そのとき、扉がノックされて、パルテックが入室してきた。聞けば、王女様の準備ができたのだと言う。
俺たちも荷物を持って裏口に向かう。馬車の前に来ると、後ろからヴァッシュの姿が見えた。その後ろには……王女様の姿が見えた。長い髪の毛を顔の前まで廻し、さらに両手で顔を隠している。ただ、魔女のような長い爪はキレイに切られていた。恐らくヴァッシュとパルテックがそうさせたのだろう。
王女はそのままそそくさと馬車に乗り込んでしまった。その後ろからヴァッシュとパルテックが乗り込む。ヴァッシュは馬車に乗り込む直前に俺に視線を向け、グッと頷いた。任せておいてと言っているようだった。
彼女らが乗り込んだのを見て、俺たちも出発することにする。クレイリーファラーズは何のためらいもなく俺の馬車に乗ってきた。その様子をハウオウルは笑顔で見守っていた。
馬車の中では、クレイリーファラーズがさぞ煩かろうと思ったが、意外にも彼女はすぐに眠りに落ちてしまった。座席に寝っ転がりながら口を開けて寝ていた。俺も眠ろうとしたが、彼女のいびきがうるさくて眠ることはできなかった。
昼食など、いくつかの休憩を挟みながら馬車は進んでいった。本音を言うと俺は、もう一人の兄であるシーアの許に向かいたかった。だが、そうなるとかなり遠回りすることになる。彼の治めるキーングスインの土地がどうなっているのかを見て見たかったし、何よりあのシーアの穏やかな性格はきっと、王女にも受け入れてもらえる確信が俺にはあったのだが……残念だ。
夕方近くになって、馬車はドエルという町に到着した。ここは王都の行き帰りに立ち寄る町で、俺たちにとってはある程度勝手知ったる町だ。ヴァッシュが馭者に伝えたのだろう。馬車は真っすぐ俺たちが利用する宿屋に向かった。
到着すると、ヴァッシュが素早く馬車から降りて宿屋に入っていった。よくよく考えれば、彼女も相当身分の高いお姫様なのだが、俺との生活のせいで、宿の手配までできるようになった。これは喜ぶべきことなのだろうな、と思っていると、彼女が戻ってきた。
「大丈夫。宿の確保ができたわ」
そう言うと彼女は再び馬車に乗り込み、何やら話をしている。しばらくするとヴァッシュとパルテックが降りてきたが、その後ろから王女がゆっくりと姿を現した。クレイリーファラーズのように、片目を髪の毛で隠しているが、その顔立ちはよくわかる。めちゃくちゃきれいな女性だった。それに、肌が白い。ヴァッシュも相当に肌がきれいだが、それを凌駕するかもしれない。これがこの間までの〇子かと驚いていると、王女はスッと両手を差し出した。その手をヴァッシュとパルテックが取って、彼女を馬車から降ろした。
物珍しそうにキョロキョロと周囲を見廻している。きっと、城から出たことなどないだろうし、こんな町中に来たこともないのだろう。まるで、異世界に来たような表情で周囲を眺めている。
「さあ、行きましょう」
そう言ってヴァッシュが王女の手を握ったまま宿屋に入っていく。その彼女につられるようにして、俺たちも宿屋に入った。
「……どうでございましょう姫様、この町にあなた様のことを知る者は一人もおりませんでしたでしょ?」
部屋に入ると王女をベッドの上に座らせ、その前に畏まるようにしてヴァッシュが口を開いた。王女はまるで狐につままれているかのように、呆然とした表情のままゆっくりと頷く。
「これから人々の前では、あなた様を私の妹とさせていただきたいと思います。色々、ご無礼もございましょうが、何卒、お許しくださいませ」
「……」
王女は戸惑っているように見える。そんな彼女に俺も声をかける。
「何も難しく考えることはございません。これからあなた様は、別の女性になると考えればよろしいのです。これまでの王女様のお立場は、あのお城の中に置いてこられたのです」
王女はゆっくりと頷いた。
「さて、そうと決まれば、夕食にしましょう。ここの食事は我々は美味しいと思っていますが、もしかしたら、お口に合わないかもしれませんが、そのときは遠慮なく言って下さい」
そう言って俺たちは食堂に降りていく。
いつもは騒がしいのだが、この日は意外と人の姿は少なかった。店の奥のテーブルに座り、皆、思い思いに注文する。ここはステーキのような肉が美味いので、皆それを注文する。王女にもサラダとパン、スープにステーキをチョイスする。
運ばれてきた料理に王女は面を食らっていた。焼いてぶつ切りにした肉、その上に黒い何かが降りかけられている。恐らく初めて見た料理なのだろう。しばらくはフォークを持った手が止まっていた。
そんな彼女を気遣いつつ、俺たちは美味い美味いと言いながら食事を口に運ぶ。何より、クレイリーファラーズの食いっぷりが圧巻だった。料理をあっと言う間に平らげて、おかわりを要求していた。その様子が背中を押したのか、王女は肉料理を口に運んだ。
「ん……美味しい……」
驚いた表情を浮かべる王女。その様子を見て俺たちは、満面の笑みを浮かべた……。
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コミック版はこちらで完結となります。本当にありがとうございました。この小説版も何とか完結にもっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。




