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第三百八十四話 偉くなった

「きっ、汚いぞ、ノスヤ……」


老人がお辞儀をした格好のまま、目だけをこちらに向けている。その眼には憎しみが籠っている。


「ホッホッホ、じゅんけん、とはご領主も考えられたの」


ハウオウルが小さな声で呟きながら俺の前に進み出た。


「これにおわすは、西キョウス地区統監、ノスヤ・ムロウス・ユーティン侯爵閣下であらせられる。侯爵閣下のお言葉通り、貴殿たちはこの屋敷を案内されよ」


ハウオウルの言葉に、老人とニタクは体を震わせている。ややあって老人は、諦めたような表情を浮かべながら顔を上げると、ご案内申し上げると言って部屋を出ていった。ハウオウルは俺に後に続くように促してきたので、訳がわからないまま父親についていく。


先ほどまでの尊大な対応とは打って変わって彼は、実に丁寧に屋敷の中を案内していった。狭い屋敷だと思っていたが、ここにはいわゆる離れがあって、そこにいわゆる子供部屋があった。シーズ、シーア、そしてノスヤ……。狭くて暗い部屋だった。子供たちが出ていってから一切手を入れていないのだろう。埃っぽく、カビ臭かった。特にシーズの部屋は臭いがきつかった。おそらく、かなり前に彼はこの屋敷を出たのだろう。


父親はすべての部屋の案内を終えると、母屋のダイニングにやってきた。そこで俺たちに振り返ると再び深く腰を折った。ニタクもそれに倣う。


「以上でございます」


こうして頭を下げられてしまって、一体どうしようかと思っていると、ハウオウルが助け舟を出してくれる。


「ご領主、他に何か調べたいこと、お尋ねになりたいことは、ござるかの?」


「いいえ、何も」


「奥方、あなた様は、いかがじゃな」


「私も特にはございません。この度は、ノスヤ様の妻として、義父様にご挨拶をと伺った次第でございます。ヴァシュロン・インダークと申します。どうぞ今後とも、よろしくお引き回しの程、お願い申し上げます」


ヴァッシュはそう言ってスッ、と膝を折った。その様子を父は一切見なかった。相変わらず肩が震えているところを見ると、今のこの状況がよほど意に添わぬらしい。


「特にないようでしたら、本日のじゅんけんは終わりといたしましょう。お二人とも、大儀じゃった」


ハウオウルが二人に向けて口を開く。だが、二人は頭を下げたまま微動だにしない。


「さ、ご領主。還御である!」


彼は俺に退室を促すと同時に、大きな声で還御と言った。ドヤドヤと部屋の外が騒がしい。俺は促されるまま、ダイニングから出て行こうとした。


「グズめが……偉くなったな」


俺の背中越しに父の声が聞こえる。先導していたハウオウルが足を止め、クルリと振り返る。


「もう、昔のノスヤ様とは違うのじゃ。現在は、ノスヤ・ムロウス・ユーティン侯爵閣下であらせられる。口の利き方には、十分注意なされた方が、よろしいの」


ハウオウルはそう言って踵を返すと扉を開けて部屋を出ていく。俺も彼に続く。後ろは、振り返らなかった。


廊下には俺を見送るために、ユーティン家の者たちが整列して頭を下げていた。と言っても二人だけだが。俺は会釈をしたが二人は一切頭を上げなかった。


馬車が走り出す。ワオンはいつもの通り、前足をのっけて窓の外を見ている。


「いきなりあんなことを言い出してビックリしたけれど、あれはあれでよかったと思うわ」


ヴァッシュが誰に言うともなく呟く。


「いや、俺もよくわからずに言ったんだ。あまり、じゅんけん、っていう意味は今でもよくわかっていないんだ」


「呆れたわね。そうだったの? 巡検とは、その貴族の家を調べるという意味よ。つまりは、その家に何らかの疑いがあるということなの。それを受ける家は、巡検使にすべての部屋を案内して、問われたことに対してはすべて、嘘偽りなく答えねばならないの。それを拒否すると、その家は取り潰しになるのよ」


「……そう、なの、か」


「そうよ。息子が実家に対して巡検行為を行うのは、かなり珍しいわ。まあ、あなたは侯爵で西キョウス地区の統監という地位に就いているから、当然、爵位の低い者に対して巡検する資格はあるけれど、実家、実父、実兄に対してというのは……。でも、こう言っては何だけれど、お義父様のあの態度は、私も受け入れられないわ。あなたのことをグズ呼ばわりして挙句、金品を要求するなんて、無礼にも程があるわ。だから、あなたがお義父様に対して巡検を行ったのは、ある意味で正解と言えるわ。あれでお義父様は黙ることしかできなくなってしまったから」


ヴァッシュは腕と足を組みながら車窓に視線を向ける。その顔は何だか、とても満足そうに思えた。


きっと、あの実家とは関わることは二度とないだろう。向こうもきっと俺に関わってくることはないだろう。そう考えれば、今回のクレイリーファラーズは実にいい仕事をした。彼女には何らかの礼をしなければならないと思ったが、きっと、向こうから色々と礼を求めてくるに違いなかった。その内容は大体予想がつく。俺の頭の中はすでに実家のことを離れて、シーズの屋敷戻って作らねばならない料理のことで、頭がいっぱいになっていた……。

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