第三百八十一話 無茶ぶり
再び扉がノックされた。本当に俺の心の中を読み取っているんじゃないかと思わせるほどのタイミングのよさだ。
扉が開く。入室してきたのは何と、あのシーズだった。
彼は椅子に座ると、ずいっと体をテーブルに乗せてきた。顔が近い……。
「今、許可が下りた。王女様をラッツ村に連れて行け」
「……え?」
「お前のことだ。ある程度の方策を立てているのだろう。それを信じようということになった。ただし、期間は六か月。王女様を必ず外に出られるようにするのだ。期間の延長はない。加えて、できないので無理だと言ってくるのも認めない。例外として、予想していたよりも早く回復した場合は、早めに王都にお戻りいただくことは可能だ。また、警備も厳重に気を使え。王女様が攫われるなどということはあってはならない。お前もわかっているとは思うが、王女様は我がリリレイス王家の血統を継ぐ唯一のお方だ。万にひとつの間違いもあってはならない。」
「あの……ちょっ」
「私が最も懸念するのは、ラッツ村がインダーク帝国との国境にあるという点だ。帝位簒奪を狙う東宮のことだ。王女様の話を聞きつけてその身柄を攫いに来る可能性も否定できない。身柄はそのままでも、夜にでも忍ばれて手籠めにされてしまうと、大変なことになる。絶対にヘマはするな。インダークの動向を注視して目を離すな」
「いや、そん……」
「それに、だ。王女様の健康状態も注意を払わねばならない。医師を同行させようという話になっているが、お前の意見を聞きたい」
「別に……それは……」
「要らないというのか。まあ、確かに村には医師の一人や二人はいるかもしれない。だが、王女様にもしものことがあってはならないので、ラッツ村に医師を一名、王都から派遣させてもらう。王女様にはその者に毎日診察を受けさせてくれ」
「おっ……」
「出発は一週間後を予定している。何か必要なものがあれば私に言うのだ。わかったな?」
シーズはそこまで言うと立ち上がり、スタスタと部屋の外に出て行ってしまった。
……まるで嵐のようなひと時だった。俺に口を挟むスキを一切与えなかった。呆気に取られていると、彼と入れ替わるように女性が再び入室してきて、ご案内しますと言って俺は部屋から追い出された。
案内された先は車止めだった。馬車が停まっていて、馭者の男が俺を見ると恭しく一礼して、扉を開ける。つまりは早く帰って王女を迎える準備をしろと言っているのだと解釈した。
俺が乗り込むとすぐに馬車は発車した。案内してきた女性が恭しく馬車に向かって一礼していた。今までこんな見送り方をされたのは初めてだったので、何だか変な気持ちだ。
……冷静になって考えてみると、シーズはかなりの無茶を言っているような気がする。まあ、王女様の身辺警護については理解できるとしても、必ず外に出られるようにしろというのは、かなり無茶な話だ。俺は絶対に大丈夫だと言った覚えはない。勝手に良いように解釈している。これは、えらいことになった。
どうしようかと悶々としていると、気づいたときにはシーズの屋敷に到着していた。扉が勢いよく開けられるまで、到着には気がつかなかった。慌てて馬車を降りると俺は、真っすぐに自分の部屋に向かった。
部屋に戻ると、タイミングよく全員が揃って俺を出迎えてくれた。取るものも取り敢えず、皆に椅子に座ってもらい、先ほどのシーズとの話を皆に聞かせた。
皆、驚くほど冷静に俺の話を受け止めてくれた。クレイリーファラーズは興味がないのか、心ここにあらずといった雰囲気で、これはこれで俺の神経を逆なでした。
「ふぅ~ん。それで、王女様を村にお迎えすることになったというわけね」
ヴァッシュはそう言って腕を組んだ。
「私は賛成ね。後宮というのは実際に見たことはないけれど、一人の女性がベッドから出て来られなくなるというのは、どう考えても異常だわ。それはつまり、その後宮の環境が悪いからだわ。ラッツ村で自然に囲まれた生活を送れば、お気も晴れてきっと外に出られるようになるわ。そうそう、タンラの実を食べていただきましょう。あれは滋養強壮にとてもいいと言われているわ。きっと、体調も回復なさると思うわ」
ヴァッシュの言葉に、パルテックもハウオウルも一様に頷いている。
「王女様の出発は一週間後だ。それまでに、必要なものを王都で揃えようと思う」
「おみやげですか!?」
俺の言葉に、クレイリーファラーズが反応した。黙っていなさいよ。
「そうね。どんなものが必要になるのか。皆で一緒に考えましょう」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
「ということは、あと一週間は王都にいられるということよね?」
「うん。そうだけれど……。どこか行きたいところでもあるのかい?」
「ええ。一つあるのよ」
「あ、アルマイトさんのところか? 俺も行こうと思っていたんだ。ワオンの体調を見てもらおうと思っていたんだ。一緒に行こう」
「アルマイトさんのところもそうなのだけれど、私が行きたいのは別のところなのよ」
「一体どこだい?」
「あなたのお父上様に、ご挨拶を、したいのよ……」




