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第三百八十話  どのような物語?

何とそこには、宰相メゾ・クレールをはじめとする多くの人々が集まっていた。この間見たときと同じような光景だった。


気が動転してしまったのか、俺はその光景を見た瞬間、このお城の中には会議室がたくさんあるのだな、などと下らぬことを考えてしまった。


「それで? 王女様のご様子は。何かお言葉などはなかったのか」


シーズが宰相の隣に立って、俺に高圧的に話しかけてくる。その圧力がハンバではない。その上、その場に居た全員の視線が俺に注がれている。思わず体が震える。


「どうなのだ」


シーズの声で、言葉にならない言葉が口をついて出た。


「ヒャイ」


「説明するのだ」


「そう、せい、と」


「うん? 何?」


「そう、せい、と」


「……何のことだかわからない。説明するのだ」


俺は必死で言葉を絞り出しながら、王女様との話しを説明する。自分で言うのも何だが、ひどい説明だった。どもるし、話しが前後しているし、俺が何を喋っているのかがわからないくらいだった。


「で? どうしてお前の治めるラッツ村なのだ」


……そこですか、という言葉が思わず口をついて出そうになる。何となくそう思ったのですよ、という説明では彼らは納得しないだろうし、さらに詰められることになるのは、本能的にわかった。


「そ、そういう物語がありましたから」


「物語ぃ?」


シーズが首を傾げる。周囲にいた者たちは顔を見合わせている。ああ、やってしまった、やらかしてしまった。


「それは、どのような物語ですか」


宰相が落ち着いた、しかし、威厳に満ちた声で口を開く。思わず背筋がピンと伸びる。だが、なぜだろうか、恐怖は感じない。彼の優しげな眼が、何を言っても構わないと言っているような気がした。


「昔の話だそうです。ある、貴族の娘さん……足が悪くて、歩けないでいました。お屋敷では、歩くことはままなりませんでしたが、自然に囲まれた山で数か月を暮らしましたら、お一人で立てるようになりました。そして、歩くことができるようになりました」


……何を言っているのだ、コイツは、という空気をビンビンと感じる。目の前に控える人々は互いに顔を見合わせている。おまえ、この話を知っているか、いや、知らないと話しているのだ。それはそうだ。この世界の話ではない。俺が子供の頃に家にあったDVDで観たものだ。


「それに倣って、王女をラッツ村への行啓を提案した、と」


「そ、その通り、です」


「ご苦労様でした」


宰相はそう言ってスッと頭を下げた。その声に、そこにいた全員の視線が宰相に集中する。いや、一人だけ俺に視線を向けている者がいた。シーズだ。彼は俺を眺めながら顎を小さくしゃくった。どうやら、もう用はないから出て行けと言っているようだ。


「……ご案内します」


後ろで突然声が聞こえて、体が震える。見ると、鎧兜を装備した兵士が俺に話しかけたようだ。兵士はゆっくりと扉に向かって歩き出した。俺はお辞儀をして踵を返した。


やれやれと胸を撫で下ろしながら部屋を出る。てっきりそのままシーズの屋敷に帰らせてくれるものと思っていたが、案内されたのはそこからほど近い場所にある一室だった。応接間……といっては豪華すぎる作りで、確かに長椅子と机が並べられているが、壁にはさも高価そうな絵画が掲げられ、しかも額縁に見事な金の装飾が施されていた。さらに、部屋の奥には暖炉があった。家具類の調度品も置かれていて、ベッドこそはないものの、ここで生活しようと思えば生活できるくらいの広さは十分にあった。兵士は俺を長椅子に座らせると、しばらくお待ちくださいと言ってその場を去って行った。


「帰りたいな……」


そう呟くと同時に、部屋の扉がノックされて体が震える。今日はよく驚く日だ。一体何だと思っていると、失礼しますと言って扉が開けられた。そこには、侍女と思しき女性が二人立っていて、後ろの女性はトレーを持っていた。


そこにはパンとサラダ、そして温かいスープが乗っていた。彼女らは俺の朝食を持ってきたようで、トレーを机に置くと、どうぞお召し上がりくださいと言って、その場を後にして行った。


仕方がないので、それをいただくことにする。正直言って、可もなく不可もない味だ。スープは、何か肉? のような味がした。ただし、味は薄い。何となくだが、コーンスープが飲みたくなった。ラッツ村に帰れば、トウモロコシに似たものが栽培されている。あれでスープを作ってみよう、そう言えば、この世界に来て、美味しいスープはあまり出会わなかった気がする。手前味噌だが、俺が毎朝作っている、玉ねぎと肉を加えて煮て作るスープのような何だかわからない食べ物のほうが圧倒的に美味しい気がする。あれなど、この王都で売り出せば儲かるんじゃないか、などと下らないことを考える。


「……ごちそうさま」


食べ終わると、絶妙なタイミングで扉がノックされ、先ほどの侍女さんたちが入室してくる。まるで、俺の食べる姿を見ていたかのようだ。まあ、城の中なので、どこかの壁に穴が開いていて、そこから観察している可能性は高い。


侍女たちが下がると、部屋がシンとした空気に包まれる。早く、帰れないかな……。

Comicブースト様にて、コミカライズ最新話が無料公開されました。次回でコミカライズは最終話となります。これまでご覧いただきまして、本当にありがとうございました。最終巻となるコミック③は2024年9月ごろに発売予定です!


https://comic-boost.com/content/01260001

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